では、と提案した斎藤の一言に、千鶴は卒倒する思いだった。











12月24日―――――クリスマス・イブである。
「これで明日はクリスマス会、無事に開催できますね!」
上機嫌な千鶴に斎藤は口端を上げて応えた。
その上機嫌な千鶴のポニーテールには先ほど斎藤から贈られたリボンが揺れていた。
そのリボンが艶のある毛先と共に大きく揺れて、千鶴の機嫌を表しているようで。
昨年は薫の思惑により、学内でのクリスマス会が流れてしまった―――結局は“おつかれさま会”という名称により開催されたパーティーだったわけだが。
今年に至っては、クリスマス・イブに当たる12月24日が日曜日に重なったということと。千鶴と斎藤とが“恋人”として“お付き合い”をしていることで薫の着眼が斎藤一人に絞られたということと。これらを差し引くことでクリスマスはみんなでクリスマス会をしようという流れに行き着いたわけで。
その前日である今日は、明日のクリスマス会の買出しという名目も含めて、斎藤と千鶴は二人きりで街へ繰り出すことに成功したのだ。
一通り買い物を終え、少し早めの夕食を摂った。
千鶴の門限までにまだ時間のゆとりはあったが、すでにあたりは暗く、呼吸するたびに白い息が拡散するほど冷え込んでいる。
知らず知らず手を繋いでいることにお互い気付いたが、離すことはなかった。
ゆっくりと、家路に向けて歩む。
ふとした時に千鶴が何かを言い出すように息を吸い込んだが、吸い込んだ息そのまま白い息となって吐き出されるばかりで、まるで嘆息を吐いているような。
じりじりと近づく千鶴の家から遠ざかるように繋いだ斎藤の手を引いたのは千鶴だった。
「あの、斎藤さんの欲しいものって、何ですか・・・?」
そう言って、千鶴はうつむいてしまった。
「クリスマス、だから、欲しいもの・・・」
クリスマスという行事をいまいち把握していなかった斎藤に、焦れるように千鶴が途切れ途切れに説明する。寒さと焦燥とで千鶴の頬は真っ赤に染まっている。
斎藤が千鶴にリボンをプレゼントしたのは特に意味はなかった。“似合うだろう”という、ただそれだけの理由であって、イベントに対する関連性は皆無に等しい。
たまたま贈ったのがクリスマス・イブに該当したというだけのことなのだ。
―――ああ、そうか。斎藤は納得する。
この表情は、悩んで悩んで結局答えを見出せずに罪悪感を抱いているのだろう。
趣味も嗜好も掠りもしない。共通するのは同じ学校に通うというだけで、学年も性格も興味すら異なり、斎藤だって千鶴が何をしたら喜ぶのかというのは正直分からない。
だから、斎藤自身も薫や平助が一等に千鶴の思考を理解できるのが羨ましくもあり、妬ましくもある。
「かまわない」
斎藤の言葉に、千鶴は聞き取れなかったようで首を傾げる。
もしくは聞こえたが結論に到らなかったのだろうか。
「プレゼントは、いい、別に」
宥めるように、千鶴の艶のある黒髪を撫でてやる。
リボンを贈った時にも同じようなことは言ったのだが、やはりどこか腑に落ちなかったのだろう。
斎藤の示唆が分かったのか、千鶴はグンと面を上げて斎藤に対峙する。
「だめです、よくないですっ」
いつもの困り眉を更に八の字に寄せて、頭を振る。
どうしようかと斎藤は考える。
“特に”欲しいものならばある。
欲望ならば底なしにある。
千鶴がくれるものならばどんなものでも欲しい。
千鶴が自分を想って選んでくれたのならば、その選出の時間ですら斎藤のものとなる。
何より、斎藤だって淡白に思われがちでも健全な高校生男子なのである。
好きな相手と想いが通じて、いつまでも戯れるだけの接触で事足りるはずがない。
脳内で千鶴を汚すだけの虚しさからは、そろそろ卒業したい。
特権や権利は、振るってこそ意味を為すのだ。
では、と斎藤は軽やかに瞬く。せめて、というささやかな祈りも込めて。
「千鶴から」
しかしその次の言葉を紡ぐのは躊躇われた。
だから面を寄せて、柔らかな唇に触れるだけの口付けを落とした。
それだけの接触で千鶴は瞬時に顔を真っ赤に染めて両手で口元を覆う。更には斎藤の求めるものを察してか指先までもを血流に任せて赤く染めた。
そんな千鶴を射止め、未だ口元を覆う小さな手のひらを手に取り、逃げられないよう指を繋いだ。
真正面、遠くない距離感。耐えられないと言わんばかりに、千鶴は面を伏せてしまった。
その耳たぶが真っ赤に染まっていることから、嫌われてはいないのだろうと推定するしかないのだが。
「できることなら・・・千鶴も同じ気持ちだということを、知りたい」
千鶴、と名を呼んで皇かなその頬を撫でると、目の前の華奢な身体はギシリと音を立てて硬直してしまう。
固まってしまった千鶴に苦笑した。
「―――と言っても急ぎすぎたか。来年のクリスマスプレゼントにでも考慮してくれ」
斎藤はわずかに口端を上げて、真っ赤に染まりきった千鶴の頭を撫でた。
なんだクリスマスって。
いつの間にクリスチャンになったんだ自分は。
なんだかんだ一番はしゃいでいたのは自分だったと、斎藤は恥じた。
まだ早かったか。
キスする瞬間や肌が触れるのですら、最近になってやっと過剰反応しなくなってきたばかりなのだ。
―――まだ早かったのか。
苦笑とともに、僅かに嘆息が漏れてしまったのは勘弁してもらいたい。
自分だって精一杯なのだ。―――色々と。
わずかに。
ほんの数パーセントだが、少しばかりは期待をした。
自分だって、口付けに慣れたかと言われたら慣れたとは言い切れない。
それでもこっそり嘆息する。
さいとうさん。
細い声に呼ばれた気がして、応えるように面を上げる。
気付けば俯いてしまっていたことを、今になって気付く。不甲斐ない。
その視線の先、斎藤を真っ直ぐに見据えた千鶴が硬い表情をしている。
どうした、と問うよりも先に、千鶴の骨ばった指先が斎藤の顎と頬を捉えて顔を背けさせる。
頬に柔らかな感触が掠めて、直後、千鶴がぎゅうぎゅうと抱きついてきた。
自分の肩口に顔を埋めてしまった千鶴の表情は分からないが、うなじから襟に隠れる首筋までが真っ赤に染まっている。



「斎藤さんのお誕生日には、口にできるように、します」



そう宣言した千鶴は、斎藤の舌と唇によって正常な意識を攫われてしまうのだけれど。








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