―――――最悪だ。
目覚めて、斎藤一は深く眉間に皺を寄せた。











「きょーうの、はっじめくんはーあ、ご機嫌さんだねーえ?」
ね! と念を押して、沖田総司は斎藤一に後ろから抱きついた。
斎藤は振り払わないにしても、纏っている不機嫌の色をより一層濃厚にした。
そもそもギリギリアウトの登校時間なのだ。風紀委員である斎藤一は規律を乱す者供に失点を付けるべく名簿を開こうとするが、沖田の腕が邪魔で身動きが叶わない。
背負い投げてやろうかと剣呑な眼差しを向けたところで、沖田と共に登校していた平助が小さく悲鳴を上げた。
「総司、今日の一君はやばいよ、なんか尋常じゃないよ」
あわわわと平助は剣呑な斎藤の眼差しに耐えられないと言わんばかりに、沖田のセーターの裾をひっぱって離そうとした。
その隣りでは千鶴がどうしたものかとオロオロと視線を彷徨わせている。
斎藤は剣呑な眼差しのまま千鶴を見遣り、明らかなほどに視線を外した。
その様子に平助は更に慌てた。
「一君、本当にどうしたの、千鶴が怯えてるじゃんか・・・!」
低い身長ながらも平助が斎藤と千鶴の間に割り込み、その背中に千鶴を匿う姿が気に入らない。
ひどく八つ当たりをしてやりたくなるほど焦燥感に駆られた。
平助の千鶴に対する庇護が、まるで己の邪心から逃すべく護っているように思えて。
臓腑を燻るほどのムカつきに、八つ当たりをしたところで解消されないことを解っていたから、斎藤は名簿をパタパタとヒラつかせて校門を通れとジェスチャーした。
南雲薫がいようものならとてもできない真似だが―――今日に限って週番ということもあって南雲薫は居合わせていなかったのだ。
このままここで問答を繰り返したところで己を苛む思いが浄化されることもなく、八つ当たりをしたところで後々夢見が悪くなることも、沖田に執拗に弄られることも想定できて斎藤はこれ以上会話を続けることを放棄した。
平助と沖田は変妙な顔つきで首を捻りながら、それでも斎藤の脇をすり抜けていった。
しかし―――問題の“彼女”が未だ傍らでじっと斎藤を見上げていることに、眼を瞑って行けと顎をしゃくった。
それでも千鶴は伏せていた視線を更に伏せて完全俯いて、あの、とおずおずと声を掛ける。
「わたし、斎藤さんの嫌がるようなことをしましたか・・・?」
しょんぼりと肩を落として、一つに結わいた髪もしょんぼりと垂れ下がり、まるで叱られた子犬のようで。
決して彼女に非があることはない。
斎藤は意を決して、千鶴に対面した。
「・・・今日は夢見が悪くて。寝起きも最悪で、良くないことが続いた。断じてお前のせいではない」
斎藤の言葉に千鶴がぱっと面を上げて純真な瞳で見上げてくるものだから、少しばかり斎藤の良心が傷んだ。
「わたし、嫌われたのかなって・・・思って・・・良かったです・・・!」
千鶴は胸に手を当ててほうと小さく息を吐き、肩の力を抜く。朗らかに笑みをこぼして、やわらかな曲線を描く胸から視線を外すことで理性を保った。
千鶴のただそれだけの仕草で。
呼吸しただけで上下したブレザーを羽織った薄い肩にすら背徳感を抱いて、斎藤はそんな自分を嘲笑った。なんたることだ。
「―――――すまない」
「え? なんで謝るんですか? だって、もう・・・」
「いや、違うんだ」
違うんだ、と頭を振って、千鶴の薄い肩に伸びた前髪ごと額を当てた。
そのささやかな温もりで、千鶴は身動きを阻まれてしまうのだけれど。





―――――理由など云えるはずがない。
斎藤一は独白する。
絶対の信頼を寄せてくれている彼女を自分が。
未だ追想が脳裏を掠めて頭を振って、斎藤は己の邪念を追い遣る。
夢の中で。
彼女を穢しただなんて。





すでに昇降口へと到達している平助に急かされ、千鶴は斎藤から一歩引いて急かす声に応えるべくハクハクと唇を動かした後に震える声を上げ、律儀にも斎藤にぺこりと会釈をして走っていく細い背中を見送って。
腹底に燻る熱に、斎藤一は深く嘆息を吐いた。








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