雪村千鶴が職員室にやってきた理由はクラスの宿題プリントを届けるというだけのお使いだった。
常であれば女友達や双子の兄の南雲薫、学年は違えど藤堂平助などが一緒にいるため、直接本人に話す機会も特になかったなと土方が話し掛けたきっかけだった。
何より土方の弟分(と土方は思っているのだが)―――沖田総司が気に掛ける少女というのも気になる要因ではあった。言わば好奇心だ。
まるで被食者だ、と土方歳三はどこかで納得した。
「ご苦労さん。ここんところ総司に絡まれてることが多いな」
「登校時間が一緒になることが多くて」
「総司と同じってことは・・・遅刻時間に登校とは感心しないな」
「すみません・・・」
平助に遅刻させまいと登校前に迎えに行っていることを知ってはいたが、決して平助のせいにしない姿は健気なもんだと土方は小さく息を吐いた。
「土方先生、そんくらいにしてやんな。雪村だって平助を起こしてから登校してくるから遅刻ギリギリになっちまうんだ。雪村に責任はねえだろ」
土方より後方の席で今までの会話を聞いていたのだろう原田が合いの手を入れてきた。知ってるよ、とだけ手のひらをヒラつかせて、再度千鶴に向き直った。
そうだった。平助で思い出したが、入部希望者が3日と持たないと難攻不落を称される剣道部に入れたがっていたことも思い出した。
「剣道部に勧誘されているとも聞いたが? 総司や平助が声をかけてくるということはそれなりの心得はあるんだろう?」
「わたしは幼い頃に少しやっただけで・・・薫と勘違いしているんです」
ぶんぶんと頭を振って、柔らかな黒髪の毛先が犬の尻尾のように見える。
黒目がちな瞳を伏せながらも、まろい頬と柔らかな耳たぶをほのかに赤らめて懸命に応える姿は、影ながらに行われた“妹にしたいランキングNO.1”を博したのも頷ける。
が。
土方との会話の直後、スイと千鶴の視線が外されたのが気に食わなかった。
決して無碍にされたわけではなかったが、あまりに不自然な―――故意的な背き方が気に食わなかった。
はたまた目が合いそうになった瞬間、千鶴の黒目がちな瞳は余所を向いて機敏な動きで面を背ける。
ここまで来ると貫徹しているようだ。
土方は小さく舌打ちをして、たった今背けられた白く細い顎を掴むと強引にこちらを向けさせた。
背後から原田が揶揄するように何かを言ったが、怒り毛頭でそれどころではない。
「雪村、お前は人と話すときには人の目を見て話せと教わらなかったのか」
そもそも双子の兄はあの風紀委員の南雲薫―――兄弟とはいえ家庭の事情により苗字が違うが―――とはいえ、こんなにも根本が異なることもなかろう。
剣呑なオーラを醸し出す土方の威圧に、それでも必死にその大きな瞳は伏せ気味で、ここまで来ると頑固もいいところだ。



「土方先生や、原田先生くらいまでになると、目が合っただけで妊娠すると・・・」



それだけ言うと、千鶴はぎゅうと目をきつく瞑った。
ああ、こうすることで避妊できるわけね、と少し離れた距離でぼんやりと原田は心中納得した。小学生が流しそうな下らない噂だねと鼻で笑う。
「あぁ?! 馬鹿が、生理学上ありえねぇ話だろ。そんなふざけたことを言いやがる輩はどいつだ。保健体育の授業を受けなおせ新八に補習授業してもらえ」
土方のセリフに、千鶴は弾かれたように面を上げた。
「でもわたし、教わったのが永倉先生なので・・・」
うん? と眉を顰める土方と目が合いそうになることに気付いて、千鶴はブンと音が鳴るのではないかと思うほど面を背けた。
土方が揚々と顎を上げる様を見て、逆に千鶴は眉を下げた。
「保健体育の授業で教わった、と?」
「・・・は、はい・・・永倉先生に、教わったんですけど・・・」
少し離れた距離で土方と千鶴の遣り取りを傍観しながら缶コーヒーを煽っていた原田は勢い良く噴出した。 あらぬ噂を流されながらも完全第三者として話を聞くことに徹しようとしていたが、そうは行かなくなったようだ。
ほう、と肯いた土方からはすでに怒気は消失し、その代わりに背後に青白い殺気が立ち上る。
原田は近くの教材置き場にあった1m定規を取り出し、わずかに反らせて硬度を確認した。
職員室の扉の擂りガラス越しに見間違うこともないシルエットを確認して、二人の口元がアルカイックに微笑んだ。





何も知らずに意気揚揚と永倉新八が職員室の扉を開くまであと1秒。
















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