川遊びに行ってくるね、と速やかに戸口から出ようとした真奈の襟首を雅刀の掌は逃さなかった。
「その風呂敷はなんだ」
「・・・荷物」
「だからそれが何だって聞いているんだ!」
苦し紛れに答えた真奈に、雅刀の怒声が落ちる。
真奈と共に出かける予定だったのだろう瑠璃丸は、真奈が捕えられた時点ですでに諦めモードだ。
未だ雅刀に首根っこ掴まれたまま、真奈は頬を膨らませた。











夏だ。
(小袖を縫い直したものではあるが)水着もある。
近くに穏やかな小川も流れているなら、水遊びをするしかあるまい。
「そんなに水浴びしたいなら裏の簾の影で盥を使って行水しろ」
何度も言わせるな、と溜め息交じりに諭された。
真奈にとって雅刀の提案はプールへ行くのと家の浴槽で水風呂に入るというのと類似したカテゴライズだ。
引きずられるように居間に引き戻され、雅刀の目の前に正座させられてその間に風呂敷の中身―――水着を曝され、今に至る。
まるで某三世代アニメの父親が息子の粗相を叱咤する風景に類似している、と真奈は肩を落とした。
そんな雅刀と真奈の間で瑠璃丸がサルと一緒になって、ハラハラと落ち着きなく視線を彷徨わせている。
頑なに頷かず、唇を尖らせたままでいる真奈に、雅刀はこめかみを痙攣させながらも何度目かわからないほどの説明を根気よく繰り返す。
「あんたの時代とこの時代の基準がそもそも違う。いい加減分かれ。そして慣れろ」
同じ国と言えども、時代が異なるだけで衣服や文化が大幅に違うのだ。450年という年月はそれほどまでに人間の認識を大きく変えた。
大丈夫だよ、と何を根拠に言い出すのか真奈が大きく頷いた。
「今回は瑠璃丸くんと一緒に行くから!」
ね? と念押しのように懇願する真奈は雅刀の逆鱗に触れた。
雅刀の頬が引き攣ったのを見て、今まで両者の間でおとなしく正座をしていた瑠璃丸はいつでも逃げられるよう間合いを取った。
「―――――嫁入り前の娘が軒猿と言えど、元服した男と一緒に裸同然の格好でうろうろしてみろ。それこそ行き遅れと言われて嘆かわしい」
「うろうろって・・・瑠璃丸くんと川で遊ぶだけじゃない! 第一、裸同然って水着じゃない! 雅刀の方がよっぽどエッチだよ!」
「エっ・・・?!」
捲し立てる真奈にただでさえ寡黙に近い雅刀が口を挟めるわけでもなく、真奈の更なる追撃が繰り出される。
「雅刀のエッチ! 堅物石頭! すぐに子ども扱いするんだから!」
べぇと舌を出して、瞬時に頬を引き攣らせた雅刀を見るや否や、真奈は行こ! と呆然とする瑠璃丸の手を強引にとって外へ飛び出した。
軒猿である雅刀に―――忍相手に足で勝てるとは思っていないが、おとなしくやられっ放しでいることは真奈のプライドが許さないのだろう。
怒涛のごとく走り去っていった真奈を見やり、雅刀は盛大に舌打ちした。
とりあえず水着と称する短く揃えた小袖は雅刀の手元にあるから、今回の水浴びを阻止は成功した。
瑠璃丸が付いているから、到底闇雲にどこへ行ったとしても戻ってくることもできるだろう。
任務完了、と雅刀は鼻息を漏らしながら、真奈が置いていった―――持って出ようとしたときに取り上げた水着の前に胡坐を掻いた。
「今度は、何の騒ぎだ」
騒ぎを聞いて、兼久が居間に顔を出した。
そして雅刀の目の前に置き去りにされた、兼久が数十年生きた中で一度として目にしたことないほど短く縫い直された小袖を目にして一層眉間に皺を寄せる。
その厳しい視線から逃れるよう雅刀は水着から視線を外して盛大にかましたい舌打ちを噛み殺し、少女が景気よく飛び出していった戸口を睨んだ。



「子どもじゃねぇから言っているんだろうが」



クソ、と毒づいた雅刀の独白は、真奈に届くことはなかったけれど。





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