「御使い様―、その薬草が擦り終わったら日陰に干しといてね!」
瑠璃丸はばたばたと出かける準備を整え、行ってきます! とサルを肩の定位置に乗せて元気に飛び出して行った。
その様子に少しだけ笑って、安堵の息を漏らした。
先の戦で多くの命を失った。
雅刀や瑠璃丸の親代わりであり師であった刀儀謙久や家族同然であった翠炎が帰ってくることがなかった。
未だ瑠璃丸はふとした時に真奈の傍から離れなかったり、死に対して怯える様子を見せることがある。
どこか欠落したアンバランスな中で、日常を取り戻そうと誰もが日々奮闘している、そんな毎日だ。
真奈に至ってはあの戦の中で慌ただしく所謂“現代”へ真奈を送り返そうとする雅刀を振り払って雅刀と一緒にいたいという想いの丈でこの世に残った。
すでに“御使い”としての役目を果たしたというのに、瑠璃丸や他の呼称は変わることがなかった。最初は名を呼ばせようとしていたのだが、“御使い様は御使い様だから”という理論で呼称が変わることがなかったので、第四次川中島の合戦が終わって一月経つ今でも以前と変わらない日々が続いている。
残ったからにはこの時代で生き抜く術を身に付けなければならないと、謙久のいなくなった家で、家事をはじめ瑠璃丸の手伝いなどを手伝っている。
変わらず雅刀は任務で諸国を回ることが多いようで、一度家を出ると数日は戻らない。
好きだと云って好きだと言われたわけだけども、果たして距離感や関係が変わるものなのだろうかと改めて思う。
恋人という言葉はこの時代にはないようだ。好き合っていることか、と瑠璃丸に問われたことからそう察するしかない。
真奈は自身の唇を指で撫でて、小さく嘆息を吐いた。
―――――口付けはした。
掠めるような、柔らかな接触は幾度か繰り返されてきた。
真奈にとってそういった比較対象が漫画やドラマでしかないわけだが、雅刀の施すソレがまるであやす為の所業に思えてならないのだ。
何より、真奈が想いを伝えるよりも前から、真奈が泣くと決まって唇を合わせてきた。
(・・・私は雅刀を好きだけど)
合戦前の七夕でのやり取りを思い返す。
『―――願いを持つのは利口じゃない、と言ってるんだ』
諦めたような雅刀の口ぶりだったが、何かを求めて諦めざるを得ないことを実感しての発言だろう。願って、叶わなかったことがあったのだと。
現代に居た頃は親戚中をたらい回しにされ、独りでいることが多かった“まーくん”。
そんな雅刀だったけど、真奈や姉の目の前では頬を紅潮させて笑っていた。
真奈は幼かった頃の雅刀を思い返す。
戦国時代に飛ばされてからは軒猿として諸国を巡りながらも真奈を探していたという。しかし、それだって兼信の泉で光に消える真奈を目にしたからであって―――それに雅刀も巻き込まれたわけであって。
(―――――雅刀は、誰を望んでるのかな)





「―――――お前だけか? 瑠璃丸はどうした?」
背後から声をかけられ、振り返る。
「雅刀! おかえりなさい!」
「・・・ただいま」
帰宅の挨拶というものが習慣化されていないのか、いつも口にするのを躊躇うようだ。
「瑠璃丸くんはね、弥太郎さんに連れられて山に狩りに行ってるの」
ふうん、とだけ相槌をして、雅刀は身を屈めて真奈の顎を掬い上げた。
掠める様に、雅刀の唇が真奈のそれに触れた。
ただ、それだけで―――真奈の心臓はひどく高鳴って、触れた唇が痺れるような感覚に襲われて、雅刀にしがみ付くことで精いっぱいだ。
そんな真奈の様子に雅刀は僅かに口角を上げて小さく息を漏らしただけで、それこそ子どもをあやす様に頭を撫でた。
以前、雅刀は恋人なんていてたまるものかと言った。
軒猿であることに矜持のある雅刀だ。
その言葉に嘘はないと思う。
だが、何気ない仕草で口付けを施してくる所作や、瑠璃丸が言う“女性に懸想されることが多い”ということから男女の接触も任務と言えど手慣れているのが窺える。
今回も例に違わずわずかの接触の後に、雅刀が何でもない事のようにそのまま引いていくのが悔しくて、真奈は渾身の力で雅刀を引き寄せた。
普段ならば払いのけられるだろうに、突如の真奈の暴挙に雅刀の身体が前のめりになる。
ガチンと硬質な音が頭に響いて、ジィンと前歯に痺れるような痛みが走った。
「――――っ、ま、な、おま・・・っ」
痛みは雅刀も同様だったようで、口元を手のひらで抑えながら声を荒げた。
馬鹿げていると言われるのは分かっている。だから子どもなんだと言われるのも分かっている。
それでも、自分のこの想いを裏切ることなどできなかった。
愚かな自分と浅はかな自分に雅刀との距離を今更ながらに実感して、涙が一気に込みあげてきた。
「どうせ私は! 雅刀以外とキスもしたことないし、エッチなこともしたことないけど! ご機嫌取りのためにキスするならやめて! わたしはもう御使い様でも何でもない、白羽真奈っていう一人の女子高生なんだから・・・!」
無言で真奈に対峙する雅刀は、僅かに眉間を寄せただけでやはり無言だった。
きっと子どもだと呆れられた。言い切って、真奈は俯く。
やがて嘆息が聞こえた。その音を耳にして本格的に前が向けなくなる。
俯き切った真奈の頬に暖かな手のひらが触れた。雅刀の掌だ。
恐る恐る見上げると、目前に雅刀の漆黒の瞳とぶつかった。どこか憮然とした表情をしていた。
そんな面が近づいて、柔らかく真奈の唇に雅刀のそれが吸い付いた。ちゅ、と弾ける水音を立ててすぐさま離れて行ってしまう。
まるであやすようなそれに、真奈はいよいよ悲しみに涙がにじんだ。
「―――――こういう時は目を瞑れと言ったろ」
瞼に柔らかく暖かなものが触れて、目尻に溜まった涙を吸い上げられたことに驚いて、滲んだ涙も思わず引っ込んでしまった。ぽかんとしたまま身動きのとれない真奈の下唇を雅刀の親指が乱暴ではない仕草で触れる。
それと、と低い声が綴る。



「あまり煽るな」



直後に施された口づけはひどく濃厚で―――真奈が酸欠で意識を無くすまで執拗に続いた。





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