良い夢を見た、気がする。
サクラはゆるりと瞬きを繰り返し、サスケの部屋で独り目覚めたことを再認識する。
そして夢だったことも。
あまりよく覚えていないが、夢でサスケに会えた。
抱しめて、振り払われなかった夢。
夢の中で、夢のように優しく口付けられた。
きっとこんな夢を見ることですら、サスケに厭がられる一因でしかないだろう。
本当に夢でしかないことだけど、たったそれだけでサクラにとっては今日一日乗り越えられるほどの糧となる。
サスケへの片恋は、アカデミーの頃から何一つ変わらない。
単純だなぁと思わず笑いが込み上げてしまう。
大きく伸びをして、窓の外を見遣る。
白む月が水色の空に蕩けそうだ。
朝日が新緑を照り返して世界は綺麗だった。
そしてフローリングに逆光のコントラストで影を落とす窓枠ですら。
今日も洗濯日和だと、フローリングに足を着いた。





うちはさんのサスケくん 9





ペタペタと朝日が照り返るフローリングの通路を裸足で歩む。
ここ一月。
サスケが不在の間、時折サスケのベッドに身を委ねるのはひそかな楽しみだった。
情事に到った際には、サクラの部屋だろうとサスケの部屋だろうと、必ずサクラは自分のベッドで独り目を覚ましていた。
汚れも落とされ、体に残る鬱血の痕と節々の鈍痛さえなければ、何もなかったほどに。
だから、サスケのベッドで眠りに落ち、目覚めるというのはサスケが不在である時でなければできなかったのだ。
サスケは嫌な顔をするだろうが、言い訳ならばいくらでも吐くことができたし、特に今まで問われることもなかったのだから結論だってサスケが勝手に解釈しているのだろう。
それでいいと思っている。
自分の想いは絶対に実るはずがないのだ。
諦められない恋ならば、ひそかにでも抱くしかない。
迷惑は掛けられないから、想いをぶつけることも明かすこともできない。
サクラだけの秘密の恋だった。
朝食の準備をしようと、リビングを通り抜けてキッチンへ向かおうとしたとき。
違和感に身が竦む。
リビングのソファ。
ソファの背面がこちらに向いているため“誰”かは分からないが、手置きのところに放り投げられた足。
でも、その足の形ですら誰かは分かる。
(サスケくん)
そっと覗きこむと、見慣れたしなやかな肢体が横たわっている。
ここ数年で伸びた身長のためにソファに納まりきらず、頭部と足はソファの手置きの箇所に乗せて、腕を組んだ状態で微動だにせず昏々と眠っていた。
一月近い任務に出ていたのだ。
疲れているに決まっている。
サクラがサスケのベッドを占領していたのだから、たたき起こしてくれて構わなかったのに。などサスケを避難してしまう。
ソファの傍らに膝を突いて、薄く呼吸を繰り返しながら眠る白い面を見下ろす。
出逢った頃に比べてずいぶんとシャープになった頬と、精悍な顔立ちに鼓動は高まった。
寝顔を見るのは本当に久しぶり。
下忍の頃以来のことかもしれない。
どんなに深く交わろうと、朝にはサクラは自室のベッドで目を覚ましていたし、サスケは自室へ帰っていった。
そのことに、今更ながらサスケの拒絶を感じ取ってしまう。
再びスリーマンセルを組んで順番に寝ずの見張りをするときですら、サクラが見張り番として起きていることも少なかった。
未だに“仲間”としてもカウントされていないんじゃないかと思うことは少なくはない。
俯いた拍子に、思わず盛り上がった涙が零れそうになったところで、目の前に黒い瞳がぱかりと開いた。
驚きに身動きが取れなくなってしまう。
「お、かえりなさい! あの、ごめん、なさい。ベッド使わせて、もらって、て」
「いや」
別に、と欠伸を噛み締めて身を起こすサスケは、まだ完全覚醒していないのかぼんやりしているようだ。
そのまま腕を上げて大きく伸びをする。やはりソファでは狭かったのだ。
たったそれだけの動作でも、無駄がなく秀麗な流れに見えてしまう。
カッコいいなぁ、と改めて見惚れていたサクラの視線に気付いたのか、サクラを見遣ったサスケの動作がぴたりと止まった。
不自然なほど硬直している。
首筋に痛いほどの視線を感じて、どうしたのかとサスケの視線を追って俯こうとした時だった。
ふいにサスケの掌が左頬を捕えて動きを阻止させられる。
影が落ちてきて顔を上げると、目の前にサスケの顔があった。
ぶつかる、と眼を瞑ると唇に柔らかな感触を押し当てられる。
小さい水音を立てて、熱い唇は離れていった。
「さ、サスケくん・・・?」
頬を真っ赤に染めて見上げたサクラを余所に、サスケは何事もなかったように「シャワー」とだけ遺して踵を返してしまった。





「まだ、緊張する・・・っ」
リビングに独り残され、解けた緊張から思わずへたりとフローリングに座り込んでしまった。
サスケの指先が触れることから、口付けに到るまで。
触れられた皮膚が未だびりびりと熱を持っている。
サスケに触れることに、いつまでも慣れることがない。
そういえば。
今までサスケに触れられたことすらなかった。
その代わり、サクラがサスケに触れたことは多々、ある。
幼い頃はスキという感情を再認識するのが大好きだった。
恋に恋していた。
それが―――運良くか、運悪くか。
サスケだった。
でも、もし。
今、同じように彼に触れて好きだということを再認識する行動をするならば。
触れることで自分の恋愛感情を再認識することをするのならば。
サクラは想像して、心を震わせる。
きっと、死んでしまう。
意地だとか、執着だとか関係なく。
サスケだけが好きなのだ。
名前をなぞるだけですら撥ねる心臓が、触れることなんてしたら耐えられるはずがない。
ぼんやりとしていたがまだ寝巻きを纏っていることを思い出し、サクラも自室へ向かう。
夫の帰宅に気付かず。
夫のベッドを占領し。
寝巻きで出迎える。
本当に不甲斐ない。
夫婦以前に、好きな人に格好のつかないことばかりをしてしまっている。
深く溜息を吐いて、切り替える。
ともかく、サスケを迎え入れる準備をしなくては。
サクラは部屋へ戻ってクローゼットを大きく開くと、洋服を選んでベッドへ放り投げる。
ふと、思い返す。
そういえば、先ほどのサスケは何を見ていたのだろうか。
不自然に硬直したサスケと、凝視していた黒い瞳を思い出した。
クローゼットに備え付けられている鏡に向き直り、全身を映す。
信じられない光景に、サクラの翡翠が見開かれた。



―――――肌から消えていたはずの、鬱血の痕。



首筋から、夜着の袷にかけて執拗に付けられている。
所々は赤黒く痛々しささえ窺える、口付けの痕跡。
袷を緩めると、乳房にまで。
どうして?
そして昨晩の夢を思い返す。
優しい接触から始まり、情熱的な口付けを施された記憶。
背中に回した腕は振り払われることなく、口付けを深められた。
息苦しさに咽喉を鳴らしたのをきっかけに、咽喉元に唇を押し付けられた。
咽喉元に残る、甘噛みを繰り返された痕はあまりに夢にリンクしている。
もしかして?
まさか、などと思いもせず、サクラは未だ夜着にも関わらず自室から飛び出した。





シャワーの水音はすでに止んでおり、僅かの湿気から浴室からサスケは間もなく出て行った後であることを知る。
和室を走り抜けてリビングに到達すると、やはりサスケに克ち合った。
「サスケくん・・・!」
サスケはすでに無表情に戻っており、胸元を掻き合わせるサクラを何でもないように見遣る。
眉すら動かさず、無表情を決め込むサスケは明らかに偽りを被っている。
サスケが感情を殺す時のクセだった。
ならば、先ほどあからさまに静止して動揺を見せたのはなんだったのか。
彼の感情は、中々読み取りにくい。
スリーマンセルの名残で喜怒哀楽の区別は付けられる自信はあるが、そこに別の感情が入るとまた別だ。
それでも。
聞かずにはいられなかった。
「もしかして、サスケくん、わたしのこと・・・っ」
それ以上は心が震えて言葉にできなかった。
好きか、などと聞けるはずがない。
嫌いじゃないのかと聞けばいいのだろうか。
言葉を選んでいつまでも辿り着かないサクラを横目に、サスケからは相変わらず応えはない。
明確な設問をしたわけでもないが、否定も肯定もする人じゃないことは知っている。
予想通り顔を背けて、踵を返してしまったサスケの表情は見えなかった。
それでも、伸びた黒い前髪から垣間見えた耳たぶが赤に染まっていることを、サクラは見逃さなかった。
「サスケくん・・・っ」
自室に篭ったサスケを追った。
鎖された扉をノックなしで彼女の手が開いて、踏み込む。
そして二人を残して扉は再び鎖された。






さて。






To be continue…?





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