サクラは、未だこの恋愛を諦められないでいる。





うちはさんのサスケくん 8





(―――――消えちゃった)
最後まで首筋に残っていたサスケの痕ですら、一週間としないうちに綺麗に消えた。
最初の中忍試験の時に死の森で受けた腕の傷跡は、いつまでも残っているというのに。
こんなにも簡単に、サスケのものである証は消えてしまう。
バスルームの鏡に薄い全裸を映して、サスケの痕を探す。
耳裏、首筋、胸元、脇下、二の腕、手首。
腹部、腰、下腹部。
太股、膝裏、ふくらはぎ、足首。
サスケの唇が辿る箇所に残されていく鬱血の痕は、いつの間にかきれいに消えてしまった。
最後に抱かれた時は手首や腰を強く捕まれていたためか、サスケの指痕すら残っていたのに。
その傷跡ですら愛せる対象だと思える自分は、狂っているのだろう。
13歳で一度迎えた決別の時ですら、サスケの不在はサクラの心に深い虚無感を与えた。
いっそのこと、諦められたら。
せめて割り切ることができればいいのに。
任務だと言い除けたサスケ同様、この夫婦生活は任務なのだと。
心と身体を分けることができればと。
不器用な自分に嫌気が差す。
執着心と未練にまみれた自分は惨めなことだろう。
しかしそれ以上に、サスケに触れられて得る快楽はたまらなく心地よかった。
心に痛みが残る分、サスケの愛撫は甘やかでたまらなかった。
サクラは未だこの恋愛を諦められないでいた。





月が、微笑むように満ちる。





二度のノックに返りはなかった。
寂しさの裏に、安堵があった。
扉を開くと、家具だけが無造作に置かれたサスケの部屋だ。昨日と変わりない無機質さは、部屋の主の不在を知らせた。
カーテンは布いてなかったため、月明かりが申し訳程度に鈍くフローリングを照らす。
ふっくらとした三日月が窓枠から覗き込んでいる。
サクラは迷わず部屋の中央へ歩み寄り、そのまままっさらなベッドへダイブした。
柔らかなスプリングがサクラを受け入れる。
軽い体重では軋むことがなかった。
うつ伏せのまま大きく腕を伸ばして、手元のシーツを手繰り寄せる。
(――――――サスケくん)
眼を瞑り、呼吸をする。
嗅覚の鋭くない自分だが、それでも馴染んだ匂いを求めて呼吸をする。
(サスケくんの匂い、なくなっちゃうよ)
皇かなシーツに頬を埋める。
体温のない冷たい感触でも、僅かに残された香りはサクラの心を逸らせた。
僅かに目を開けると、窓外から覗く三日月と目が合った。
滑稽なのだろうか。
三日月が笑っているように見える。
サスケが里抜けした、あの三日月の夜と同じぷっくりとした三日月。
サスケくん。
返事がないのは知っていながら、呼びかける。
「おやすみなさい」





豊満な三日月だけが窓越しにサクラを見下ろしている。





*     *     *





月だけが見ていた。





自宅に着いたのは丑の刻を過ぎていた。
本部に寄っての長期任務の報告はナルトに任せ、不平不満をたらたらと述べるナルトと同僚を置いて自宅に帰ったのだ。
約一月ほどの留守だった。
“結婚”をしてから初めての長期任務だった。
もしかしたらサクラは“自宅”へ帰っているかもしれない。
サスケが不在の間、うちはにいようと春野にいようと分かるはずもない。
所詮形式上の結婚でしかないのだ。
何より一月前の最悪の別れがサスケを蝕んでいた。
緊張した面持ちで、玄関を潜る。
深夜を回りしんとした空気の中で、一人分の気配を感じる。
ただそれだけで、久しぶりの自宅には今までのような空虚感はないように思う。
あくまで気のせいだろうが。
ただ一人、家にいることを認識しているだけで幼少の頃のようなノスタルジックな思いに心臓が逸る。
アカデミーから帰宅すると、いつでも母親が台所に立っている。
そんな記憶は7歳で終わっている。
“あの日”で全てが終わり、あそこが全てのスタート地点だった。
そういえばとサスケは窓から空を覗き上げる。
“あの日”も、月だけが見ていた。



真っ暗なリビングを通り抜け、迷わずサクラの部屋の近くまで向かう。
窓から差し込む月明かりだけが道しるべだった。
家のどこかにサクラの気配がある。
それだけで充分だった。
サクラの想いがどこに向いていようと、たった一枚の白い紙がサクラの所有権をサスケに与えた。
たとえ、サクラが“火影の命により”この生活を辿らざるを得なくなったのだとしても。
木の葉の里に戻り監視下での拘束を経て提示されたのが、第七班時代の同僚―――春野サクラとの婚約という形式での新たな軟禁生活だったとしても。
一月前に最悪の別れ方をしていた。
帰ると言ったサクラを逃すことなく、無理やり身体を開かせ強引に奪った。
嫌悪されているだろう。
形式上結婚しているといっても、合意でないセックスは暴力でしかない。
この一月、距離を置く時間があるなら覚めるだろうと思っていた。
嫌われているという懸念と、一月前のあの日、サクラのナルトへの想いを目の当たりにしたのだ。
想いも冷めるだろうと、思っていた。
サクラに部屋を与えた東側の廊下を歩むのが気鬱になってくる。
行ってどうするのか。
顔を見てどうするというのか。
執着など不要のものだ。
自己欲など斬り捨てろと暗示のように言い聞かせる。
自然と歩みは止まっていた。
サスケは僅かに俯いて、自室へと踵を返した。





窺うように、月が傾く。





自室の扉に手をかける。
中から一人分の呼吸音が聞こえ、サスケは僅かに途惑った。
開いた扉から入る視界には、ベッドがある。
ベッドの上には人一人分が盛り上がり、寝息と共に掛け布団が上下した。
どういうことだと、疑問が擡げる。
何故、サクラは自分のベッドで寝ているのだと。
安定した寝息は深い眠りを窺わせる。
ベッドサイドに立ち、安らかに眠るサクラを見下ろす。月光に照らされた分サクラの白い面にサスケの影が落ちたが、サクラが起きる気配はなかった。
火影付の忍であるにも関わらず、この無防備さはどうなんだろう。
そのまま、華奢な肢体に掛けられた掛け布団をゆるりと剥ぎ取る。温められた彼女の柔らかな香りが嗅覚を掠る。
夜着を纏った肢体を跨ぎ、深く眠る白い面の横に手を突いた。まるで籠の中の鳥だ。
サスケの重みでスプリングが沈み込み、それだけサスケの影がサクラに覆い被さる。
身を屈めて、薄く吐息を繰り返す唇に己のそれを無機質に重ねる。
何をしているのだ、自分は。
一月離れようとサクラに対する執着心は全く殺がれることはなかった。
何より、里抜けした三年という期間ですら、彼女の存在を忘れ去ることは困難だった。
何かしらにつけサスケにわだかまるサクラの存在は復讐に邪魔で仕方なかった。
そんなサスケを余所に、未だ平気で眠りに落ちるサクラが少しばかり憎くなった。
身を起こそうとしたところで、組み敷いた細いからだが僅かに身じろいだ。
サスケの拘束が解けると、サクラの腕はサスケの背に回された。
柔らかな抱擁は、彼の心を無防備にさせる。
起こしたのだろうかと、身体が強張る。
間違うことなく“誰か”と勘違いしているのだ。しかしながら離れようにも、温かな存在はあまりにも魅惑的だった。


サスケくん。


桜色の唇が、彼の名を呼んだ。
ただそれだけで、彼の理性の枷を外すには充分だった。
「ん・・・っ」
唇を重ねるだけで、彼を迎え入れるように柔らかな唇が僅かに開いた。その隙を縫って濡れた舌先を捻じ込む。
今までの逢瀬の中で逃げ惑うだけだった彼女の小さな舌先は、戸惑いながらもサスケに応えて絡み付いてきた。
濡れた水音が薄暗い室内で響き渡る。
押し込んで舐め回して、誘い出して吸い上げる。
キスの合間に視界に入った、真っ白な肌が夜着の袷から覗かせてサスケを誘った。
口付けを解いて誘われるままに白い肌に唇を這わせる。
すでに一月前の逢瀬の後は何一つとしてサクラの身体に残ってはいない。
わずかに吸い付くだけで、再び簡単に鬱血の痕が浮かび上がった。
執拗なほどの所有の証。
急所である咽喉元に唇を押し付けると、息苦しかったのか細い身体は僅かに身じろいだ。
身を起こしてやると、サスケの居場所を作るように細い下半身が開かれる。
その反応に目を眇めながら、そのまま唇を下降させてゆるやかに盛り上がるささやかな乳房に頬を寄せる。
キスのせいか、息が上がって心拍は早い。
それでもサスケに安心感を抱かせる。
やがて落ち着き始めた呼吸に顔を上げて、再び唇を重ねた。



情事の最中、サクラの耐える顔を見るのが好きだった。
自身の下で揺らされながら、何かに耐えるような表情をするのだ。
拒絶なのだろう、と純粋に思った。
初めての夜、拒絶が上がるだろう行為ですら、サクラは荒く吐息を漏らすだけで耐え抜いた。
彼女が火影補佐になりえるほどのくの一であることを再認識した。
最中、サスケがサクラの表情を見る視線に気付いてか、きつく瞑られていた翡翠の瞳がうすく開かれる。
絡んだ視線に、サクラは視線を外してきつく目を瞑るのだ。
その所作に嗜虐心が擡げ、更に追い込んでやろうと彼女を蝕む行為は執拗さを増した。
もしかしたら自分はサディスティックなのかもしれない、と思った。
彼女の急所を唇で暴いて、痴態を曝け出す。
どこまでも貶めたかった。
―――――憧れと恋愛は違う。
そう、彼女に言ったことがある。
知っている、と彼女は答えた。
それは、どういう意味だったのだろう。
幼少の頃から――−アカデミーの頃から彼女からの好意は知っている。
突き放す言葉を吐き捨てるのに、彼女は変わらず懐いてきた。
それだというのに、サスケが再び木の葉へ戻ってきて以来、彼女はナルトやサイを通して―――ワンクッション置いてから、自身に接触をとってきた。
怯えられていることは、確実だった。
あれだけ木の葉の忍に手をかけたのだ。
当然だろう。
その中で与えられた拒否権のない婚姻届の提示。
五代目火影はまるで決まったことのように薄っぺらい白い紙を渡してきた。
この“任務”を受けたサクラの意図が分からない。
ただ、木の葉のため―――火影のためと言うには、なんて健気なものなのか。
ならばサスケは与えられた特権を生かすのみだ。
快楽に貶めて引きずり落として、身体だけでも繋ぎとめたかった。
一月前、当然のようにナルトと笑い合うサクラを見て、言いようのない嫉妬に駈られた。
彼女の想いが別へ向かうならばと、彼女の所有に固執は必須だった。



いつの間にか再び深くなっていた口付けに、両者の息は上がってしまった。
これ以上離れられなくなる前に、無理やり身体を起こして距離を置く。
無理やり解いた口付けにサクラは僅かに眉を寄せて、それでもすぐに夢の世界へと落ちていった。
離れるには遅かったか。
サスケは濡れた自身の唇を手の甲で乱暴に拭い去る。
そうすることで柔らかな感触を忘れ去るように。
―――――サクラ。
名を、呼ぶ。
応えがないことが分かっているから、呼ぶ。
ゆっくりと身を屈め、世界から隠すように白い肢体に覆い被さる。
触れる人肌に心が震えた。
幼少の頃、両親や―――兄との生活以来の人肌だった。
白い額に額を宛がう。
伸びた黒の髪が、淡い春色の髪に絡まる。
混じれないことを示唆していた。
最後に押し付けるように唇を重ねて、今度こそ身を起こした。
再び眠りに落ちたサクラを見下ろす。
サクラはサスケの名を呼んだ。
背中に回された腕の温かさ、彼女の腕の優しさを。
サスケは、考える。





窓枠から窺うように月が。






ブラウザバックプリーズ






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