明るみ始めた空を察して、瞳を開ける。
未だ見慣れない天井を目の当たりにして、夢ではないことを再度認識する。
“うちは”に嫁いだことを、再度認識する。
サクラは。
ベッドから一人身を起こして、夜が明けるまで考えていたことを思い起こす。


『お前は、憧れと恋慕を勘違いしている』


サスケに残された一言が。
(どういう意味なんだろう)
憧れと。
恋愛と。
その違いなら、知っている。
認識している。
(どういう言葉なんだろう)
サスケは一体、何を思ってその言葉を残したのか―――? 何故、“サクラが”勘違いをしているのか。





―――――眠れない。







うちはさんのサスケくん 3







おはよう、と普通に挨拶はできた。
彼はいつも通り、軽く目を伏せることで目礼を返してきた。
どうしても彼の前では声が高くなってしまう。
緊張するのはいつだって変わらない。
アカデミーで彼をうちはサスケと認識してから、同じ班に組まれて、離れた数年の間も。
ずっと。
今日に到るまで、ずっと。
昨日の設問の意味を問おうとサクラが面を再び上げたところで、サスケの視線が窓を越した。
空を横切っていった白い鷺の影を追う。
「サスケくん、わたし」
サクラが声掛けると同時に、サスケが無言で頷く。
火影からの“サクラのみ”の召集だった。





*     *     *





「お前を、第七班のメンバーから外す」
美しい白い指をゆるりと組み肘を机に突いて、五代目火影は言い放った。
言葉を選んでいるのだ、とサクラは認識する。
綱手の癖だった。
「春野サクラ・・・いや、うちはサクラか―――――の、木の葉小隊第七班の所属を解任する」
美しい秋色の瞼がゆっくりと、瞬く。
「この意味が、分かるか」
その意味。
うちはに嫁いだサクラの身に、その母体となる身体に万が一があってはならない。
確実にうちはの子を成せ、ということ。
ただそれだけの。
サクラの想いも、サスケの感情も関係なく。
そんなことは、あの始まりの白い紙を提示されたときから分かっていたはずだった。
分かっていた筈だったのに。
サクラの眉間が寄る。
「―――――分かりますが、解りません」
(あたしのことは、どうでもいい)
でも。
(サスケくんはどうなるの?)
悲壮に満ちるサクラの表情を、綱手は顔を背けることで見ないで済んだ。
孫にすら値する愛弟子の、歪んだ表情を見たくないのだ。
しかし、それでも火影として―――――木の葉の意志として、木の葉の“財産”を残さなければならない。
里を防御する意味でもあるのだ。
「解れ、サクラ」
綱手の低い声がサクラの胸を突く。
「うちはを選んだのは、お前だ」
綱手の言葉に、頭に血が上る。
確かにサクラが選んだのは、うちはであっても“サスケ”だ。
ならば、サスケはどうなるのだ。
あの、相手方無記名の婚姻届に、サスケの気持ちはどうなるのだ。
今更のことにサクラは舌打ちを噛み殺す。
認識が甘かったのだ。
うちはという血族がどれほど木の葉に重宝されるものなのか。
それに嫁ぐということは―――その血族を繋ぐということは、どれほどリスクが発生するということなのか。
サクラは、一息吐く。
(あたしは、ただ―――)
サスケを好きでいたかっただけなのに。



もし、それが一方的な恋愛感情だったとしても。





*     *     *





「さっさっサクラちゃん・・・!」
火影室から出てきたサクラを迎えたのは、慌てたナルトと、寡黙のサスケで。
カカシの姿はなかった。
知っているのだろう。
それを察してか、ナルトは内容に過渡を馳せている。
「今朝、白鷺の使いが見えたから、なんかあったんじゃって」
白鷺は、くの一専用として使われる使い鳥である。
七班専用の白鷺は、第七班が結成されてから今まで一度として使われたことがない―――サクラが、火影直属の弟子となっているからということも理由として挙げられたが。
「七班が、“スリーマンセル”になるっていう話」
肩を竦めて、要約を話す。
二人の眼差しは理解していない。
当然だ。
ナルトと、サスケと、サクラと。
この三人で小部隊“第七班”なのだ。
“第七班”だったのだ。
「ナルトと、サスケくんと、カカシ先生の、スリーマンセル」
サスケがこちらを見遣った。
ナルトも、どういうことか、と眉を顰める。
「あたしが、抜けるっていうこと」
俯いた先、ナルトの影が強張ったのが分かる。
「ほら、あたし、もう主婦だし」
はは、と笑ってみた。
掠れた声は、わざとらし過ぎた。不甲斐ない。
一番足を引っ張っていた人間だというのに。
本当に、不甲斐ない。
俯いた拍子に、涙腺が緩む。
ダメだ、泣くな。泣くな。
大きく息を吐いて涙を堪える。
伸ばした春色の前髪が陰になって何も見えない。
それでも、もう少し髪を伸ばしておけばよかったとサクラは今更ながら後悔した。
頬を辿る涙を、隠すことが出来ない。
堪えようと、鼻を啜ったところで頭部の丸みにそって、大きな手のひらがゆるりと撫ぜる。
大きな温かさに顔を上げると、神妙な表情のナルトが覗き込んでいた。
優しかったのは、ナルトの手のひらだった。
泣きたくなってしまうではないか。
空気を読めと、本来ならば怒ってやりたい。怒鳴ってやりたい。
それでも。
目の前にあるナルトの胸板に額を押し当てる。
ごめんなさい。
言ったつもりが、声にならなかった。
代わりに咽喉奥から嗚咽が零れてしまう。
結局、一度も守ることも出来ず。
庇護されることだけに終わった。
一心になって学んだ医療忍術だって、チャクラの知識だって。
彼らを護ることなく、終わってしまった。
一度大きく息を吐いて、嗚咽を堪えたところでナルトの手のひらがサクラの後頭部をまるみに沿って優しく撫でた。
サスケは。
顔を背けていた。





*     *     *





ゆるりと眸を開けると、空が明るんできていた。
泣きすぎて頭痛がひどい。
熱を持った目蓋が倦怠感を一層色濃くした。
眠れない夜が続く。
夜の意味を考えた。
昏く、黒い空の意味を考える。
彼の漆黒の瞳を思い返した。
その瞳が所有する限界継承の意味を考える。
限界継承のために結婚したわけではない。
火影にサスケを幸せにすると言ったのは自分だ。
それでも、白紙の婚姻届に記名したのも自分だ。
―――――矛盾しているではないか。
リフレインする今日までの出来事。
自分の無力さ。
ナルトの手のひら。
背けたサスケの横顔。
サスケだけが記名された婚姻届。
限界継承のためだけの結婚。
横顔。



あぁ、そうか。
サクラは合点がいく。
なんて無様。






――――――――振られていたのだ。





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そろそろ動き出せそうな予感てことで。


ブラウザバックプリーズ



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