果たして。











「おはよー、サクラちゃん! お邪魔するってばよー!」
「お邪魔・・・します」
ナルトに続いた控えめな声に、思わず面を上げる。
勝手知ったるで無遠慮にリビングに上がってきたナルトの後からヒナタが付いて来る。
「今日から任務で出国するので・・・少し早い時間なんですが」
「ヒナタがサクラちゃんの健康診断するっていうから付いて来た!」
朝食が終わり、あとはサスケを見送るだけのスタンバイだ。
忍具を装備しようとしていたサスケが再びソファへ腰掛ける。
検診が終わるまで待っていてくれるという意味だろう。
その隣りにどっかりと座ったナルトは、きっと腰を掛けろと読み取ったのだろう。
サスケの無言には色々な意味が含まれている。
「じゃあ、わたしの部屋へ行こう?」
ヒナタの手に触れ、促す。
それに従ってソファに座っていたはずのナルトが腰を上げる。と同時に、その首根っこを背後から捕まれ息を詰まらせた。
「どこへ行く」
「だってぇ! オレだってサクラちゃん心配だもの!」
「別にどこも悪くねぇよ。黙って座ってろ」
ギャーギャーと騒ぎ出した二人に嘆息して、サクラはヒナタを伺って、行こうと再び部屋を促した。





「ナルトくん、ここに来るまでもずっとサクラさんの心配をしていて・・・サクラさんが7班から・・・忍から外されて、うちはの敷地から出なくなったのも、何かの疾患があるからじゃないかって思っているみたいです」
ヒナタはこの“検診の意味”を理解しているようだ。
白眼でサクラの身体を診る以外、執拗に肌を露出させようとはしなかった。
サクラが好んで着る衣服ぎりぎりのところまで施されたサスケの痕も晒されなくて済む。
チャクラの流れそのものを視ることができる白眼ゆえ、衣服の着脱は不必要なのだろう。
子が宿れば強弱あるにせよ子宮にチャクラの渦ができる。
それを見逃すなというのがヒナタの役目だった。
子を孕んだとして、里からどのような扱いを受けるか定かではない。
それでも綱手がヒナタを人選してきた当たり、何かしら考えがあるのだろう。その時はその時だ。
「・・・あいつもそのうち分かるでしょ。ホンット、いつまでたっても子どもなんだから」
盛大に鼻息を吐くと、ヒナタはナルトくんらしいと頬を染めた。
「他に、体調の変化とか、ありませんか?」
「うん、全然。運動不足で太ったくらい」
肩を竦めると、ヒナタは羨ましい、と呟いた。
「えーっと・・・太ったことが?」
「そうじゃなくて! あの、好きな人と一緒にいられて、いいなぁって・・・!」
慌てたように首を振るヒナタに、思わず苦笑が漏れてしまった。
(わたしが)
好きな人と一緒にいられる、それだけで幸せだと思っていた。
実際、どんな経由だとしても、夢のようだと思ったのだ。
(わたしはサスケくんをずっと好きだと云ったけど)
サクラは結局、サスケが想う人のことを聞けずにいた。
想いを返して欲しいと、欲張るようになってしまった。
サスケが本心をサクラに云わないのは、彼なりの優しさなのだろうか。
元々言葉数が多くない彼の沈黙には、少なくとも優しさもあった。
ただ、その優しさを覆い隠すように突き放される。
その作り出された距離感に、孤独を味わっても、それでも。
―――――昨日の夜。
サスケはサクラを抱き寄せて、ただ眠った。
好きだと言ったサクラに、サスケは享受も拒絶もしなかった。
額に当たるサスケのゆるやかな吐息に愛しさが込み上げてくる。
サスケの肩越しに見える、窓から覗く月を眺めてサスケが里抜けしたあの夜に思いを馳せた。
あの時も。
サスケは一緒に居たいというサクラに何も応えなかった。
唯一与えられた“ありがとう”の意味を考える。
あの一言が糧となって、サクラの想いを増長させた。
そして、サクラを抱き寄せるサスケの手のひらの温かさも。
(―――――わたしはサスケくんを好きだ。もう、それだけで、いい)





「ヒナター! サクラちゃん、どうだった・・・?」
「健康って言ってるでしょー!」
大丈夫、と控えめに応えて、ヒナタは任務があるのでと頭を下げて玄関に向かった。
「ナルト、ヒナタが帰るわよ。付いて来たんなら、一緒に帰りなさいよ」
サクラの提案にヒナタは首を振り、ナルトも「オレはそんな急いでねーし」とソファに再び寄りかかった。
ヒナタも苦労するわ、と苦笑が零れる。
「サスケだって心配だろ? サクラちゃんどっか悪いとこあったら」
「別にどうもねーだろ」
サクラが戻ってくるのを確認して、サスケはソファから立ち上がり、テーブルに置いていた装備を装着し、無駄のない仕草で玄関へと向かった。
ナルトもそれに従いながら、サクラの周りを子犬のように付いて廻る。
「でも、ヒナタこんなに頻繁にサクラちゃんの検診に来るってさー」
まだ食い下がろうとするナルトに、サスケは鼻を鳴らしただけで一切取り合わなかった。
地団駄踏み始める前にと、サクラはナルトをいい加減にしなさいと突付く。
「サスケだって心配のクセしてさー」
ナルトはぶうぶうと唇を突き出して見せた。
「サクラちゃんも趣味が悪い」
「ナルト!」
ここ数年で出来た身長差で、見上げる形になるようになったが、睨み上げれば大概黙るのだ。
今回も例に違わず、ぴたりと。
しかし、不自然なほどにナルトの動作が、チャンネルが落ちたように停止した。
その視線は、サクラの首元―――襟首の併せに釘付けになっている。
「・・・ナルト・・・?」
「サスケェ・・・!!」
サクラの疑問を余所に、バタバタとサスケの後を追いかけていったナルトに、本当に騒がしい、とサクラは溜息を吐いた。
「おまっ! 何でもいーとかどうでもいーとか全然・・・ッ」
バチンとサスケの手のひらがナルトの口元を塞いで言葉を遮る。
サスケが手を引いた直後、痛みに絶叫を上げて、涙目になりながらもまだ刃向かっている。
「黙れ」
「オレだったら毎日愛を語るね! 綴るね! あんな変質的に」
「黙れ」
「・・・サスケもさっさと認めちまえばいいのにさー!」
うるさい! と今度はサスケの拳がナルトの後頭部にヒットした。
僅かに沈黙が落ち、両者じりじりと牽制する。
ふいにナルトが唇を突き出して、あーあとつまらなさそうに先に玄関を後にした。
サスケはフンと鼻を鳴らして舌打ちを噛み殺した。
「・・・どうしたの?」
「いや」
なんでもねぇよ。と。
突き放すように頭も振らずにサスケはナルトの後を追った。
距離を置かれる。
少し離れて、ナルトが振り返って手を振っている。
「・・・いってらっしゃい!」
その声に、ナルトはより手を大きく振り返す。
うちはの家紋は振り返ることはない。
なんでもないことだと。いつも通り。
サクラが見送るのも、今までの7班時代からの延長線にある遣り取りもきっと、なんでもないこと。
少しの寂しさはあるけれど、一緒にいられる幸せから欲を出してはいけない。
うちはの家紋を眺めて、見送って。
振り向かないのを知っているけど、振り向いて欲しいなんて思わない。
それでも、と瞬いて。
「・・・サスケくん!」
一歩踏み出して、うちはの家紋に抱きつく。
なんだと振り返った首に腕を回して、ここ数年でついた身長差を縮めて首を傾げたて口付けた。
幾度も交わした口付けだが、まだ全然慣れない。
かさついていて、それでも柔らかな唇の感触に胸が震える。
重ねるだけのそれでも、心臓が痛い。
全身の血液が一気に押し流されて心臓が一つじゃ足りない。
こんなささやかな接触ですらサクラの全てを奪うのはサスケだけだ。
サスケが好きだ。
胸を焦がす痛みに無性に泣きたくなるほどに。
僅かに面を離すと、真っ黒の瞳とぶつかった。
「・・・また噛み付かれるのかと思った」
「ちが・・・! い、い、いってらっしゃいの、キス、をしようと思って」
昨晩の乱暴な口付けを指摘されて背筋が凍る。
ふうん、と応えたサスケの表情をサクラは見上げることが出来なかった。
本当は。
本当は、今日も好きだと言いたかったのだ。
「本当は・・・!」
行け、とサクラの中でアクセルを踏む。
喉奥に詰まる言葉を押し上げるように肺の中の空気をすべて押し出して告白する。
「本当は、今日も好きだって! 今日もサスケくんを好きだよって言おうと思って・・・!」
ノンブレスで言い切り、新しい空気を吸い込んだと同時に血流が一気に暴れ出す。全身が心臓になったように動悸させている。
そんなサクラの左頬をサスケの手のひらが触れて顔を上げさせる。
サスケが触れた頬が熱を持ってサクラの体内に流れる血液全てを沸騰させた。
身体の全てをサスケに明かしていても、いつだって少しの接触でも恥ずかしい。
恥辱にぼんやりとしているうちに真摯な瞳が近づき額に硬質な髪が触れ、影が落ちる。
ぶつかる、と目を瞑って。



「お前らー! 黙って見てれば羨ましい・・・! そんな恥ずかしいことやってんだったら家ン中引っ込めー!」



ナルトの怒声に我に返る。
「ごめんなさいっ」
思わず一歩退いてしまったのを、サスケの右足が一歩詰めた。
対面距離が近い。
そのまま腰に腕を回され、抱き寄せられる。
サスケがナルトに何かを言い返したが、ひどい緊張にそれどころではない。
「サスケく・・・っ」
思わず小さく叫んで硬くなるサクラの身体に構わず、しなやかな腕は包むようにサクラの背中に廻った。
抱しめられている、そう認識すると体内の血液が騒動を起こして脈打つ音が聴覚を奪う。
たまらない血流に耐えるように、きつく眼を瞑る。
ふいに、額に羽のような接触があった。
覚えがある。
優しい接触。
手のひらだけの重さを預けるように、サスケの体温だけがサクラの皮膚に残る。
これはいつもサクラが眠った後に施す、サスケの所作だ。
抱き潰されながら、サスケの手のひらの体温を追う。
サクラの頬にサスケの胸部が当たっているから、声を綴ったのが分かった。
文字数。
空気を震わせる声量。
思わずサスケを仰ぎ見る。
その反動で頬を涙が伝った。
表面張力いっぱいの涙が瞳を弛んだ。たまらない。
サスケは何ともいえない表情を見せたが、それでも。
はにかんだ唇はサクラに優しく口付けた。







彼が、彼女を、好きだと云った。






fin or ...?






SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送