―――――滅茶苦茶だった。





寝返ろうとして関節が軋み、その鈍痛でサクラは覚醒した。
下腹部が重たく、異物感がたまらない。僅かに身を動かすだけで、膣内より逆流するサスケの残滓に排泄感がある。
思わず声を上げそうになるが、喉がひりついて音にならなかった。
「・・・水、持ってくる」
サクラの覚醒に気付いたのか、サスケがベッドを降りて距離が空いたことで小さく息を吐けた。
サスケが退室したのを確認して、足音が遠のくのを音だけでなく振動で辿る。
距離、九丈。
これだけの距離があれば、背を向けているサスケから抜け出すことができる。
(―――――行こう)
フローリングに散らばった衣服を掴みとって、サクラは身を翻した。











酷いことをされた、のだと思う。
いつも通りサスケの治療と伝令のために訪れたうちは邸で、突然腕に引き込まれて言葉もなくあらゆる性感帯を暴かれ、恥辱の悲鳴は一度として聞き入れてもらえなかった。
なんで。
どうして。
三日に一度という単発でしかない機会の中で、どこかでサクラがサスケの琴線に触れたのだろう。
嫌われたくもないし、更にサスケに纏わりつこうとしている自分の執念に嫌気を射しながらも、春野サクラは想いに耽る。
それでも、何を考えても思い当る宛てがなくて絶望するばかりだ。
こうなった由縁の、サスケからの接触を思い返す。
初めての、サスケからの接触だった。
―――――掠める様に触れた、唇の感触を。
『・・・欲情したって言えば、いいか?』
シニカルに歪んだ薄い唇。
何故と問うたサクラに告げられたのは、とても口づけを果たした後とは思えないほど冷え切った言葉。
理由を求めたのはサクラで、その理由に意味もなく肯いたのもサクラだった。
もしも“あの時”―――――想いを告げていたなら、何か変わっていただろうか。





二日が過ぎた。
サクラが逃げる様にうちは邸を後にして、任務である治療も食事も与えず二日が経った。
明日にはサスケの謹慎解除が公になる。
先日の機会にサスケ本人に伝えることができなかったが、サクラの伝令としての任務もうちは邸にサクラが訪れるのも今回が最後だ。
うちはの敷地の前で警備をする顔見知りに会釈をして通り過ぎる。
この、一歩一歩が。
サクラがうちはの敷地内で目にするこの景色が。
―――――最後なのだ。
お邪魔します、と敷居を跨ぐ。
返事はないのもいつも通りだ。
いつも通り、サスケがいるだろうリビングへ上り込む。
扉を開けるとリビングのソファに横たわる、精悍な身体。
(・・・サスケくん)
サスケの肢体の横へ跪き、瞼を閉じた白い顔を覗き見る。
端正な面立ちは陶器人形のようで、呼吸すら感じさせないほど静やかだった。
身じろぎこそしないが、きっとサクラが入室してきたことは分かっているだろう。
二日前―――サクラが訪問した際に突然サスケが変貌した理由は不明だったが、それでもサクラに執着したサスケを思い返して心が震えた。歓喜に心が震えた自分は狂っているのだろう。
これからサスケは謹慎が解け、外の世界へ再び足を向ける。
完治とは言えないが、おおよその行動ができるようになったサスケはすぐに現役へと復帰するのは必須だ。
この箱庭で過ごした一月は、サクラの想いの丈だけで繋ぎ止めることなど不可能で一時的な足枷でしかなかったことを示唆している。
(息、してるのかな)
身を屈めて、血液すら感じさせない白い面を見つめる。
幼少の頃からずっと追いかけてきた端正な顔立ち。
その白い肌にサクラの影が落ちて、薄い唇に陰影が落ちるのに引き込まれる。
気付けば唇に触れた。唇で。
瞬間、熱い吐息が絡んだ。
「・・・サスケく・・・っ」
いつの間にか漆黒の瞳がサクラを見据えていた。
息を呑む。
逃げを打とうと視線を外そうとするより先に、手首を骨ばった指先に捕えられた。
「たァ・・・っ」
サスケに握りこまれた手首に捻り上げられ思わず悲鳴を上げると、僅かに力が緩められたが、それでも拘束は解かれなかった。
「―――――・・・どういう、つもりだ・・・?」
手首を引き込まれて、サスケの唇がサクラのそれと重なり合いそうなほど近い。
それでも、決して触れることがなかった。
漆黒の瞳にサクラの翡翠が映り込んで、逸らすことができない。
冷たい鼻先が当たり、吐息が絡む。
それでも息を詰めたサスケに、怒っている、と身を引きそうになるサクラをサスケは赦さなかった。
たった一度、最初に躰を奪われるきっかけとなったあの接触だけがサスケと交わした口付けだというのに、それを破ったのだ。
睨み上げてくるサスケに負けじと対峙する。
サスケくんは、と辿ろうとする声が空気を震わせられずに音にならない。
一度息を吐いて、喉を引き攣らせながら息を吸い込む。
「サスケくんは、誰でもいいんでしょ・・・」
「それはお前だろう」
違うと言えない。
言ったら、気持ちをサスケにぶつけるものならサスケはサクラから手を引くはずだ。
いくら蔑まれても、嘲笑われてもサスケの手を放したくなかった。
この一時の箱庭のような環境下での逢瀬だとしても。
サクラが息を呑んだのを見て、サスケが眉を顰める。
「・・・他にどう言えっていうんだよ」
サスケが顔を背け、それこそ吐き捨てる様に云う。
苛立っているサスケに、心がぺしゃんこに潰れる。
「欲情したっていう理由にすら頷いて、お前は欲情した人間だって身体赦すんだろ・・・!」
否。
これ以上サスケに幻滅されたくはないのに、否定できない。
「好きでもない人間に触れて、どうでもいいって言ったのはお前じゃねぇか!!」
「・・・言ったよ! わたしは、どうでもいい!」
言い切って、翡翠の瞳から帳面表力いっぱいに弛んだ涙が零れる。
これ以上自分を欺けなかった。
「―――っ、そう言わなかったら、サスケくん困るじゃない! 抱いてくれないじゃない・・・!」
「だったら・・・キスしてぐちゃぐちゃに抱きしめて俺だけのものにしたいからって言ったら、お前、俺のものになるのかよ・・・!」
吼えたサスケに、サクラは下唇を噛む。
そして頭を振る。
「サスケくんは、わたしを欲しがらないじゃないっ!」
「誰が決めた」
剣呑な漆黒に睨み上げられ、濡れた翡翠がたじろぐ。
―――――捻じれている。サクラがサスケに嘯いたことで、サクラ自身にも虚勢を張るしかなくなっているのだ。
サスケの所為にして、自分自身を欺いて届くものも届かない。伝えることすらできなくなっている。
「―――――わたしはサスケくんを好きだけど!」
こんなにも感情をぶつけるような稚拙な告白なんて、三年前の―――サスケが里を抜けたあの夜となんら変わらない。
それでもありったけの声を張り上げて告げる。
「欲情したからって、言うから・・・っ! 何にもないわたしでも、サスケくん、欲情するって言うから、だから・・・!!」
詰る口元をサスケの手のひらが覆って閉ざされる。
拒絶されたのだと、サクラの頬を大粒の涙が伝い落ちた。たまらなくなって嗚咽が漏れて、喉が震えるのを止められない。
サクラの口元を覆っていたサスケの手のひらが退いて、涙に濡れた頬を撫でた。
涙で冷えた頬をサスケの手のひらが捕え、涙に濡れた瞼を親指が拭った。
温もりに触れて、目尻に溜まっていた涙が零れ落ちる。
後頭部を乱暴に引き寄せられ、額が硬いものにぶつかった衝撃で目を瞑る。もがくように頭を振ることすら敵わなかった。
きつい拘束にじわりと溢れた涙が目の前の布地に吸い込まれ、泣くことすら許されなかった。



「―――――もう、いい」



サスケの低い呟きに、サクラの肩が強張る。
(拒絶、された)
一番恐れていたことに到ったと、サクラは呼吸すら忘れる。
絶望に見開いた翡翠に構わず、精悍な腕は目の前の華奢な肢体を無理やり抱き込んだ。
強張ったサクラの背を抱き寄せたサスケの手のひらが穏やかに撫で、しゃくりあげた薄い背中をあやす様に触れる。
「わかったから、だから」
そしてサクラの熱に染まった耳孔に吹き込むようにテノールが告げる。








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