「明日の朝、里に入ればいいだろう」
結局、森を抜けきることが出来ずに日が暮れた。
サスケは一定の距離にトラップを仕組み、簡易な札で結界を張って夜営の準備をし始めた。
「あとはフォーマンセルの2小隊だ。下手にこっちから出るよりも、体力を温存して向こうの出方を知る必要もある」
先ほど1小隊を潰したとして、3小隊を相手にしていたということだ。
チャクラコントロールが思うようにいかない今のサクラは、全くといっていいほど戦力にはならない。
(しかも、新種の毒を持ってる可能性がある小隊を相手にするなんて・・・!)
生い茂った森ということもあり、日が傾き始めてすぐに闇に包まれ身動きが取れなくなったというのが正直なところだ。
サクラがチャクラを巧く使いこなせず、移動するスピードを上げることが出来なかった結果だった。
「・・・サスケくん」
すでに夜営をするために薪を組み始めたサスケの背中に声を掛ける。
「もし、サスケくんの“戦い方”の邪魔になるなら殺してくれて構わないわよ」
小隊の中で一人でも生き残り、状況を本部へ知らせるのは鉄則中の鉄則だ。
先ほどのサスケの技―――カカシの“雷斬”が変形したような―――青白く迸った術は中距離を対象とした“独りで闘う”ときの技だ。近くに味方がいようものなら、その味方の存在はサスケにとって歯止めにしかならないだろう。
「―――――お前は、さっきのシカマルの話を聞いてなかったのか」
抑揚のないサスケの声に顔を上げる。
サスケは薪を組み終え、小さな火遁で火をくべた。闇の中を柔らかなオレンジがサスケの頬を照らす。それでも伸びた黒髪により表情を伺うことはできない。
「俺のチャクラ維持をお前がしていると」
聞いていた。
聞いてはいたが、知らないことなのだ。
だが、少年にとっては“知らない”では済まされないことなのも分かっている。
答えられずにいるサクラに構わず、サスケは身に纏う黒装束の上着を肌蹴た。
突然のことに思わず顔を背けようと身を引いたサクラの顎を、サスケが逃さない。
サクラの顎を捕えた手とは逆の手で、サスケは自身の左胸を指差した。
ちょうど心臓の上に位置するのは―――――何かしらの術印だ。
「お前が里の指令によって組み込んだ術式だ。俺のチャクラに合わせて“お前が”組み込んだ。俺を生かすつもりなら死ぬことは考えるな。―――少なくとも、俺はまだ死ぬつもりはない」
強い漆黒の瞳に射られて身動きが取れない。
逸らされることのない視線に胸が痛む。
罪悪感だ。
「ごめんなさい・・・」
「・・・だから」
「ごめんなさい、貴方の記憶が、本当にないの」
サクラは思い返す。
一つ一つ。幼少の頃から、アカデミーに通って、カカシ班に配属されて、暁と対峙したことすら。
うちはサスケに関する記憶が、昨日の朝の、あの時からのものしかないのも事実で。
それでも。
「本当に、思い出せなくて・・・里に帰れば、きっと術式の文献とかあると思うから・・・」
だから。





――――――夢を見た。
闇色が夜を突き進む。
振り返ることはない。
サクラが声を掛けると闇色は一瞬歩みを緩めたが、やはりまた歩き始めてしまう。
闇色の行方が気になって、一定の距離を保って闇色を伺う。
まるで嘆息を吐くように。するりと吹き出た吐息は月を蔭らす雨雲になった。
ふくふくに太った雨雲が頭上を覆い、満足したように雨を降らす。
気付けば膝下までもが波立つほどの強い雨に足をとられてしまって、サクラは前へ勧めなくなってしまう。
闇色はどうしたものかと顔を上げると、ふつりふつりと、夜に染まるところだった。
たっぷりとした水溜りはやがて渦巻く湖畔となり、闇色はとっぷりと沈んでいく。
引き留めようと手を伸ばしてもするりとすり抜け、わずかな頼りの月明かりすら嫌がって、夜の底へと沈んでいってしまう。
また、声を掛けようと息を吸い込んだ。
けれど。
だけど。
闇が振り返ったところでどうするのかと。
吸い込んだ息はそのまま嘆息となって、ささやかな月明かりをふいと吹き消してしまった。
光が遮られて視界ゼロの世界は闇すら映らず、サクラの一歩はしぼむ風船のように萎ませた。
足がすくんで顔を上げられない。幼少時と同じように、うつむいて殻に閉じこもって自分で自分を庇護して。
―――――これ以上。





パチンと、焚き火の弾ける音で覚醒する。
気付けば眠っていたようだ。
焚き火を挟んで、対向に黒装束の少年が目を伏せているのに気付いた。
―――――うちはサスケ。
やはり、サクラの記憶にない少年だった。
一度見たら忘れなさそうな、漆黒の髪と瞳。整った顔立ち。隙のない立ち振る舞いは獣すら髣髴とさせるそれだった。
ふと。サスケの呼吸が速くなっているのに気が付いた。
「・・・サスケくん・・・?」
焚き火の淡いオレンジに照らされてでも、白い面は青白さを伺わせた。漆黒の瞳は気だるげに視線だけ上げてサクラに応える。
膝を抱えて座り込むその肘―――忍装束から少しだけ覗いた皮膚部分は、先ほどの毒クナイで受けた傷口から肘に掛けて黒ずんできている。
使用された毒は、サスケの対毒種外の毒だったのだ。
先ほどの戦闘で体術とチャクラを使ったからか、受けた毒の特性なのか回りが速い。
「サスケくん――――上着、脱いで」
サスケの腕を捲り上げ、一か撥かで印を結んで毒素組織の吸着を試みる。
試しに手のひらにチャクラを集めるものの、昼間と同様チャクラは渦巻くことなく腕にまで流れていってしまう。
「・・・今のお前に何ができる」
「でも細胞とか粘膜のチャクラの性質自体に変質はないはずだから―――――死ぬことを望まないなら・・・辛抱して」
無残にも流れていったチャクラを腕で感じながら、一つの提案を試みる。
サスケはじっと耳を傾けていた。
サスケの黒の忍装束に手を伸ばそうとしたところで、サスケは僅かに目を伏せたが、自ら併せを外して傷ついた左肩口を曝した。
鎖骨から肩に掛けて紫色に、肩から腕に掛けての皮膚は黒ずんでいる。
応急処置を施したにも関わらず、すでに薬草も包帯も赤黒い血液に塗れるだけの存在に成り下がり、傷口は未だに血液がにじんで自然治癒の傾向は一切見られない。
その皮膚に唇を寄せた。
緊張に震える。
近づいただけで分かる。発熱していることと、毒がもたらす影響の数々。
わずかに唇が傷口近くの皮膚に触れた瞬間、精悍な肩が大袈裟に強張り、それでも骨ばった手のひらは地面に爪を立てて耐えた。
(相当、浸透してる・・・!)
こんな状態になるまで気付かず、何が医療忍者なのだろう。
躊躇いがちに、それでも深く抉られた皮膚に舌を這わせる。
唾液を塗りこむように舌先で血液の滾る傷口に触れた。
緊張のためか、喉が干上がる。思ったように傷口を濡らすことが出来なくて焦る。
乾いた舌が傷口を掠めると、くぐもった声が聞こえた。
申し訳なくなってわずかに唇をずらすと、サスケが深く息を吐くのが聞こえた。
(こんな少しの接触で治癒できるわけがない・・・っ)
しかも傷口を抉るようなやり方。
サクラのチャクラ―――血液か粘液をサスケの体内に癒着させるには。
“一つの選択肢”がサクラの中で挙げられたが、それはサクラの概念からは却下された。
サクラが提案したところで、サスケが拒否するだけだろう。
第一。サクラにも矜持はある。
ふと、先日の朝の―――――サスケと目覚めた朝のことを思い返す。
とても恋人としての“それ”ではなかった。
ならば、余計にその選択肢は含まれてはならないとサクラは一人頭を振った。
と。
突然腕を引かれ、抵抗する間もなくサスケに倒れ込む。
サスケの傷口にぶつかってしまったことに気付いて、慌てて身を起こす。
と、同時に顎を取られた。
―――――ごめんなさい。
そう言おうとした唇は、サクラの顎を捕えたサスケの親指が無理やり口腔に押し入ってきて言葉を紡ぐことが出来なかった。
あまりにも粗野な手管に、サスケの苛立ちを感じ取って恐縮してしまう。
突然のことに身を引こうにも許されず、顔を固定した手とは別の腕がサクラの腰を引き寄せる。
間を開けようと顎を引くにも、サスケの指が邪魔して口を閉じることも構わない。
「―――――もっと手っ取り早い方法があるだろう」
不意にサクラの額に触れるものがあった。
何かと面を上げたところで、落ちる影に呼吸を止められる。








乱暴な。
キスによって。








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