「一度里に戻るか・・・?」
組んだ薪の前で、シカマルは一人愚痴る。
「帰すべきだろう。サクラは医療忍術者として役に立たない。さっきの戦闘を見ただろう。こいつはチャクラコントロールができなくなっている」
サスケは同意を見せて、それでも一切サクラを見なかった。
「うーん・・・つってもなー・・・今回はサクラを砂隠れに送り届けるのが任務みたいなもんだからなぁ・・・」
シカマルが頭を抱えた。
サスケは立ち上がって水筒をチラつかせた。おぉ、とナルトは腕を振る。水を汲んでくるという意味なのだろう。
サスケの姿が見えなくなったのを確認してサクラはナルトとシカマルに向き直る。
「ねぇ、“うちはサスケ”くんって、どういう子・・・?」
へ、とナルトとシカマルが合わせたように気の抜けた声と共に振り向いた。
「は、何言ってんだ・・・」
「わたし“うちはサスケ”くんを知らないの・・・っ」
眉をひそめたシカマルに、必死に訴える。
「ナルトは“うちはサスケ”くんのこと、知ってるの・・・?!」
リアクションのないシカマルを振り切って、ナルトに迫る。
一拍の間を置いて、ナルトの絶叫が響く。
「な、な・・・?! サクラちゃん?!」
なぜそんなに驚くのかが分からない。
「え、だって・・・サスケってば・・・」
もどかしそうにナルトが言いよどむ。なんだというのだ。
思い出したようにナルトはその青い瞳を見開いた。
「サスケを好きだったことも・・・?」
なに? と首を傾げたときにはナルトは愕然と口元を抑えるだけで続けてはくれなかった。
(わたしが、サスケくんを好きだった・・・)
『・・・―――――ことあるごとに犯していた』
彼の言葉を思い出す。
(即けこまれれてたのかな)
未だに実感しない“好き”だという気持ち。
本当に知らないのだ。分からないことばかりで途惑っているのだ。
「昨日、初めて会った。けど、前から木の葉にいる忍だってイノに言われて・・・でもわたし、本当に彼を知らないの・・・!」
知らないって。
シカマルとナルトの唇がそう動いた気がした。
「おい待て。どういうことだ」
どういうことだという問いこそがわからない。
答えられないでいるサクラにシカマルは、真偽を図るように見定めている。
「じゃあお前、サスケのチャクラ維持は・・・?」
「・・・何、それ・・・?」
「何だってば、それ?」
シカマルが自身の右手で口元を塞いで。それでもマジかよ、と言葉なぞるのが分かった。
それにはナルトも分からなかったらしく、シカマルを詰っている。
その様にシカマルは盛大に鼻息を吐いた。
「なんだコレ。すげぇメンドクセェ。何がメンドクセェってどこからどこまでを皆知ってんのかどこまで知らねぇほうがいいのかわかんねぇっていうこの状況がメンドクセェ」
ぶつぶつと独り愚痴るシカマルを余所に、ナルトが振り返る。
「だって同じ7班だったじゃんか! スリーマンセルでオレとサクラちゃんと、あと一人は?!」
「・・・サイでしょ・・・?」
何を言ってるの、とサクラが瞬くとそうだ、とナルトは頭を抱えた。
「そのとおり・・・!」





サスケが戻り、簡易な食事を採って改めて出立の準備を整えた。
「なぁサスケ。お前ってばサクラちゃんに何やったんだってばよ?」
サスケは煩わしそうに眉間を寄せるだけで、一言も返さなかった。
記憶を喪失しているサクラに過失があるにも関わらず、一方的にキャンキャンとサスケに食って掛かるナルトに制止を入れそうとするにも、何と声を掛けるのかが出てこない。
(いつも、どうしてるんだっけ―――?)
通常のことすら鈍くなってしまっているようで、調子が出ない。
言いたいことを考えあぐね、結局俯くだけに留まってしまった。
「お前が気にすることでもない。お前の記憶から“俺”が消えたところで支障はない」
感情のないテノールに遮られ、仰ぎ見ると漆黒の瞳がいた。
「お前には必要のないことだ。詮索するな」
頑として挺し、サクラに入り込む隙を作ってくれない。
言葉すら紡がせてもらえない。
優しくない人だ、と思うと心が恐縮する。
「サスケェ! サクラちゃんに優しくしろって・・・!」
「関係ねぇだろ」
二者睨み合いに決め込んだところで、とりあえずメンドクセェと再びシカマルが盛大に嘆息を吐いた。
「サスケ、サクラ。お前らは迅速に木の葉へ帰れ。特にサスケは―――火影様へすぐに報告しろ。最後のチャクラ維持処置のタイミングも含めだ。―――いいな?」
シカマルの言っていることがほとんど理解できない。
チャクラ維持処置―――チャクラコントロールの長けた者が、チャクラを他者へ流し込んでチャクラの潤滑をよくしたり、逆にチャクラを結晶化させてチャクラ孔を塞いで任う鬱を発動させなくさせるような処置だ。
砂隠れの里のチヨばあが我愛羅にほどこした転生忍術もその類だった。
それに対して、何故そんなにも迅速に処置を施す必要があるのか―――。
「ナルトと俺はこの森で待機。もしくは敵対象を発見次第、対象の排除。サクラの代わりの医療忍者が派遣され次第、砂隠れへ移動する」
はぁ?! と声を上げるナルトを無視して続ける。
「今回の任務は潜伏の音忍の排除と、砂隠れでの毒マニュアルの作成だ。この状況で後者の任務は不可能だろうが。だから当初の目的だけを優先して、あとは火影さまに判断仰ぐんだよ」
以上、これで終わり、と言い切ってシカマルが立ち上がった。
ナルトは立ち尽くして下を向いている。
そのナルトの仕草にサスケが宛て付けのように言い放つ。
「いいのか? 忍術の使えないサクラと俺を一緒にして。サクラを殺して音へ逃げる可能性だってあるんじゃないか」
それはねぇな、とシカマルは肩を竦めた。
「リスクに対するメリットがない」
「―――――何が言いたい」
「お前が大蛇丸のポジションを欲しがっているとも思えねぇし、木の葉を潰しに掛かる利点がすでにない」
シカマルは地を見つめたまま微動だにしない。言葉を選んでいるのだ。
「逆に今回、音忍が木の葉に潜伏したのを理由に、木の葉に復帰したサスケを狙うという可能性も無きにしも非ずだ」
シカマルが気を遣う相手ということなのか、それとも気を遣うほどの不易をもたらす相手なのか。
「サスケ。俺は―――――お前を疑ってない代わりに、信じてもねぇからな」
シカマルは影縛りの印を組んだ。
サスケは目の当たりにしながらも、微動だにしない。
どういうことだろう。
サクラは単純にそう思ったのだ。
木の葉の人間に―――シカマルに疑われるようなことをしているのだろうか。
何故、音の里と木の葉の上層部が彼に関与するのか。
同じ木の葉の人間に信じてもらえないようなことをしていたのだろうか。
この少年は、“根”に近い―――鷹派に所属する暗部なのだろか。
もしくは。
「俺は木の葉でもなければ音でもない」
テノールが言い放つ。木の葉でないというならば、何故ここにいるのだろうとサクラが瞬いた。
その理由がどこかにあるんだろう。きっと。
「言うと思ったぜ」
へ、と口端を上げてシカマルは笑った。
「なら、サクラを任せても大丈夫だろ」
脇に抱えたサクラを、まるで物のように押し付ける。
「音でも木の葉でもねぇなら、木の葉の忍に手を出す理由もねぇだろ。そんで、木の葉を選ぶ理由もなければ音を選ぶ理由もないんじゃねぇの?」





追跡されていることを前提として、戻るルートは大回りにというシカマルの指示によりフォーマンセルで砂へ向かう途中で二手に分かれた。
心配するナルトに大丈夫だと言い聞かせ、サクラは踵を返した。
先に待つサスケの一歩後ろに付く。
サスケは振り返らなかったが、サクラが追いつくと同時に先へ進んだ。
右側を走れ、という指示だろうか。サスケの右手のひらが一瞬ひらついた。
それに倣って右側に一歩踏み込むと同時にサスケの左手が青白く迸り、黒い影が数人―――少なくとも8人はいた―――散らばるのが見えた。そのうちの4人が間髪入れずに突進してくる。
クナイを構えてチャクラを溜める。
頭上に気配を感じて、クナイを振り上げようとした肩を押さえつけられ、黒い影が前に出る。
目の前にあるのはうちはの家紋。
一瞬サクラの脳裏を掠める記憶。
それはもっと小さな背中だった。
いつのことかも思い起こせない。
気のせいかなとも思えてしまう。
目の前が青白い稲光が迸り、四人の忍が床に這いつくばっていた。
「・・・追跡されてるな」
チィと舌打ちをしたサスケは周りの様子を伺う。
距離を測りかねたのか、とりあえず近くには居ないことを判断してサクラを促す。
「サスケくん、怪我してる・・・!」
サスケは切り口のある左肩を見遣り、どうってことないように袖口をきつく縛った。
皮膚が青く変色していたのをサクラは見逃さなかった。
「解毒処理だけでもさせて」
「だいたいの毒の免疫はある」
拒否されているのだ。それでも、サクラはサスケの手を引く。
そうでなければ、己が不要な存在であると言い聞かされているようでたまらない。
「・・・任務だから」
それだけ言うと、サスケの袖部分を破り肩の傷口を露出した。
傷跡は青黒く変色していたが、毒薬が侵食してはいないようだ。サスケの言う通り耐性ができているのだろう。
手のひらにチャクラを溜め、皮膚下に潜む毒を表面上に浮き上がらせる。
その際、手のひらがサスケの皮膚を掠めた。
わずかに肩が撥ねる。
不覚。
サスケはサクラの手のひらを払い除け、立ち上がった。
「サスケくん・・・!」
いいだろう、と背を向けられた。
「震えてんじゃねぇか」
振り向いて、サクラの肩を押さえつける。
まるで間合いを取るように。
触れられた肩が熱い。
「俺が怖いんだろう?」
図星をさされ、前を向くことができない。
図星?
「怖いくせに。俺を嫌悪してるんだろう?」
「・・・―――――怖いよ!」
サスケに向き直り、抑えられている肩に触れる手を取った。
引こうとするサスケの手を引き寄せ、胸元に抱き寄せる。
「だって、わけわかんないよ! 朝起きて、知らない人と・・・夜、過ごしてて、でもそれが・・・わたしの好きな人で・・・!」
サスケの目は相変わらず表情がなく、怯みそうになる。
「好きだっていう人を、なんで忘れてるの・・・でも、好きな人に嫌われてて、振り向いてもらうこともできなくて・・・! それでも、わたしはサスケくんを嫌うことできない」
知るか、と吐き捨てられた。当然のことだ。
「俺はうちはを滅ぼした兄に復讐すべく、里を抜けた。―――――13歳の時だ」
13歳。
イノがこだわっていた年齢だ。
「お前の説得にも応じず、追ってきた木の葉の仲間を―――ナルトを半殺しにして振り切って音の里へ入った」
ふと。
カカシに背負われ、意識をなくした幼いナルトの姿が思い出される。
あれはなんだったのか。
ノイズのように雨の映像がサクラの記憶に邪魔をする。
「兄を殺せればどうでも良かった。どうなろうと良かった・・・が、目的が達成された時、標的は木の葉だったことを知らされた」


「木の葉の忍をこの手で傷つけた。何人も殺めた」


「お前にも手を伸ばした」


「別に贖罪というわけじゃない。根っこから変えるというナルトに乗っかっただけだ」


木の葉に復讐しかけた際、サクラにも手を伸ばしたという。
眉間を刺すような痛みが走るのは、過去を思い返そうとしているためか。それでも思い出せないのだけれど。
「じゃあ、どうして・・・?」
それだというのに、何故先ほど助けてくれたのか。
なにより、煩わしいと思う女ですら男は。幾度も。
「サスケくん、わたしのこと、煩わしいんでしょ・・・? どうして」
サスケは目を伏せるだけで何も言わなかった。
行くぞ、と木の葉へ踵を返した。








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