うちはサスケの朝は早い。
「ん・・・」
旧姓春野サクラは独りサスケのベッドで目を覚ました。
瞼に当たる柔らかな陽光からして、まだ早朝の時間帯だろう。それでもすでに起き出している隣りの気配に、“いない”ことを分かっていながらもシーツをするりと撫でた。
体温はすでになく、冷え切ったシーツを名残惜しげになぞる。
以前はその都度自室に戻っていたのだが、それもここ最近はサスケの部屋が寝室代わりとなり、二人で就寝するのが常となっていた。
―――――以前、夜中に不意に目が覚めたことがある。
そのささやかな空気の違いですら、サスケは察知してサクラに声を掛けてきた。
もしかして寝ていないのではないかと思えるほどに。
眠らずに何を思うのかと、サクラはサスケに思いを馳せた。
最近のサスケは変わった。
明確にどこがとは列挙できないが、以前の飄々とした態度はそのままに、激しく人を拒絶することや軽蔑するような態度はなくなった。訪問してくるナルトとは軽い口論はするものの、苛立っていることもないように思う。
二人で過ごす時間は穏やかと言ってもいいくらいだった。
何が彼を変えたのかは定かではない。
今となっては家でのサスケしか知り得ぬサクラにとって、それを知る術は無いに等しい。
うちはの敷地から出られないサクラとは違って、サスケには世界がある。
サクラにはうちはの子孫を絶対条件で孕むことを任務とされているが―――サスケは“どこで”子を作ろうと構わないということだ。
サスケは―――自分の家だと言ってしまえばそれまでだが、長期間家を空けていたにも関わらず―――任務以外は家で過ごし、サクラが居るこの家に居続けていることに疑念を抱かざるを得ない。
ましてや、サスケがサクラに手を伸ばすことはないと疑わなかった。
それだというのにいつまでもサスケが深い眠りに落ちることがないのは、この与えられた箱庭から逃れる機会を伺っているのか。
その窮屈な環境でありながらもサスケと二人過ごせる時間と環境はサクラにとって高上の至福で。再びサスケがサクラの目の前から消える恐怖に密かに怯えた。
きっと今度こそ駄目になると、サクラは自覚している。
だからこそその恐怖から目を逸らして、目の前に与えられただけの至福を噛み締めるべく視野を狭めた。
(だから、もし目が覚めたときにサスケくんが居なくなってても・・・)
ウンと小さく頷き自分に言い聞かせて、サクラは着替えるべく夜着から袖を抜いた。
洗面所で身支度を整え、朝食を作るべくいつも通りを装ってリビングを通りかかる振りをして合間から様子を伺う。
ほんの僅かな隙間から見つけることのできる黒髪。
いつも通り、いつもの場所を陣取ってリビングで忍具の手入れをしていた。
(いた・・・いて、くれた)
小さく息を吐く。
そしてサクラはいつも通りを装って扉を開く。
「おはよう! サスケくん」





うちはサスケの朝は早い。
目が覚めて、サスケは久々深い眠りに落ちていたことに気付く。
ゆっくりと瞬きを繰り返し、腕を動かそうとして―――腕にあるべき体重がないことに気付いて、思わず身を起こし部屋を見回す。
必要最低限の物のみしか置いていないサスケの部屋は、無機質とも言えて、そんな室内に一人残されていることにサスケの頚椎が震えた。
昨晩は―――サクラをこの腕に抱いて眠ったはずだ。未だ抱き込まれることに慣れないのか、身じろいでささやかな抵抗を見せた白い首筋に歯を立てたことを覚えている。
今まで自分が横たわっていたシーツも、一人分の温もりしか残されていなかった。
と。
小回りに歩き回る音と、まな板を叩く包丁の音。
僅かな物音と人が動く気配を感じて、サスケは張っていた肩を下ろした。
一度は失ったこれらを再び与えられるようになるとは思いも寄らなかった。
サクラとの婚姻も、里の政略結婚だと言ってしまえばそれまでのことなのだ。
だから、両親がサスケに与えた“それ”を、自身で築くことがあるとは思えず、今のこの状況に途惑っている。
サスケが木の葉に戻り、以降サクラがサスケに怯えていることは知っていた。
事あるごとにサクラに牙を向け容赦なく刃を振り下ろしてきた。
木の葉の里すら壊滅に追い遣った。
いくら幼少の頃に好意を抱いていたとしても、人の想いは簡単に捻じ曲げられる。
サスケ自身イタチに尊敬を抱き、憎悪を抱き、憧憬を抱き、慈愛を抱いた。そのことをサスケは実感の上で理解していた。
だから。
当初は情事の後だろうとサクラを部屋に戻していた。
サクラが眠りに落ちたとしても、それでも抱きかかえて部屋へ送り届けていた。
―――――いつでも“ここ”から逃げられるように。サスケの知らないうちにサクラがうちはからいなくなっているように。
一人になることは好んだとしても、独りにされることは厭だった。
我侭な自尊心であるとサスケも自覚している。
それでももう二度と目の前で奪われるのも、失うのは嫌だった。
いくら幸せな日々が続いたとしても、ほんの一刻ですべてを失うことがあることを彼は知っている。
人の想いが変わることも、また。
こうして変わらずサクラがサスケに向ける好意を認識しながらも、気付かない振りをし続ける。
もし万が一、サスケが彼のサクラに対する想いを自覚したとして、彼女の想いがやがて変わる可能性に少なからず怯えるのだ。
だから、卑怯にもサスケは世界に沈黙した。
不意にガチャリと扉が開いた。
「サスケくん起きた?」
ひょいと顔を覗かせた翡翠の瞳を凝視する。
「おはよう・・・サスケくん・・・?」
サスケの焦燥した表情に―――ほんのささやかな違いでしかないが、漆黒の瞳の奥に燻った動揺を垣間見て―――サクラは思わず息を呑む。
どうしたの、などと声を掛けていいのだろうかと思うほどに。未だベッドの上で無言でいるサスケを不審に思って、サクラは近づいて漆黒を覗き込んだ。
それでもサスケは何も言わなかった。
だが黒の瞳は焦れるように翡翠の双方を見据え、白い手首を強く引いた。





うちはサスケの朝は早い。
旧姓春野サクラは“通常通り”独りサスケのベッドで目が覚めた。
いつも通りシーツを撫でる。
隣りで眠っていたはずの人物の体温をなぞるように、名残惜しむように。
(・・・あれ・・・?)
今日に限って珍しくまだ少しばかりの温もりが、サスケが起き抜けであることを知らせる。
だが、今日も独りベッドに置き去りにされた虚しさに、焦れるように未だ布に残された温度を引き寄せてサスケくん、と怨めしげにその温もりの主の名を口腔で呼んだ。


「・・・何だ?」


まさか返答があるとは思わず、ガバリと音がするほどの勢いで跳ね起きる。
ベッドの傍らで身支度を整える手を休ませることなく、それでも黒の瞳がサクラを見据えていた。
「何か探していただろう、どうした?」
サクラの手が何かを求めて彷徨い、シーツを愛でるように撫でる様に少なからず心に引き攣れを覚えた。その右手が求めていたものが彼の温もりとは知らずに、サスケは。
そして彼女も、無意識に、それでも執拗にサスケを追い求める様をサスケ本人に見られていたことに瞬時に頬を紅潮させ、シーツに蹲った。








こうして今日も彼らの恋愛は、続く。








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