「髪、伸ばさないの?」



サリ、と色素の薄い薄紅色の髪をイノが梳っていく。
最初の中忍試験の時に―――サクラが豪快にもクナイで自身の髪を断髪して以来ずっと、イノがサクラの髪形を整え続けてきた。一時、サクラが綱手の元で修行している期間はイノの長期任務など時間を合わせることができず、サクラの髪は実質上伸ばしっぱなしになってしまったことはあったけれども。そろそろ成人を迎える年ごろではあるが、未だにサクラは時折イノの実家の花屋に足を向けてはその庭で髪を梳っていた。
「せっかくサスケくんが木の葉に戻ってきたのに・・・もう、髪を伸ばして少しでも気を惹こうとも思わないの?」
ふふん、といつものようにイノが意地悪を言う。
「べつに・・・そんなのアカデミーの頃の噂じゃない」
そう言って、サクラは居心地悪そうに顔を背ける様に俯いた。背後に立つイノからその表情は見ることは出来ないが、今のサクラの表情を想像するのは容易である。それほどの仲、付き合いの長さは一等だ。
最初に受けた中忍試験までは、サクラが丹念に髪を伸ばしていたことをイノは誰よりも知っていた。本来ならばいまでも伸ばしたいのだろうが、彼女の“忍”に生きるプライドが許さないのだろう。同じ第七班に所属するようになってからは、日々の手入れになど献身的だった。
奥手で思考回路もお子様で不器用なサクラのことだ。幼少の頃から、イノの後ろをくっついて回ってはイノや他の女子が仕入れてくるすこし背伸びした所作の真似事をしていたのを思い出して思わず笑った。
自身の髪を梳りながらクスクスと笑い声を背後で立てられて気になったのだろう。なぁに? とサクラが振り向こうとしたものだから、イノはがっちりとその丸い頭部を抑え込んで振り向かせるのを阻止した。
「なんでもないわよ」
愉しげに声を掛け、再び髪を梳く手を動かし始めた。
サクラは正面を見ながらも、何よ、と頬を膨らませているようだ。そのまろい頬は未だ幼少の頃のなごりもあってか愛しい。サクラの僅かのリアクションで頭部がぶれて、イノは再び頭部を抑えて正面を向かせた。
と。
(―――・・・?)
柔らかな耳たぶの下、うなじに掛けての僅かな箇所に痛々しいほどの鬱血痕を見つけた。
「ひぁ・・・っ」
つ、と。イノの指先が軽く掠めただけで、目の前の華奢な肢体はびくりと強張り、女のイノでさえ心を揺さぶられるほどの甘い声で啼いた。
「あ・・・っ、アンタ! なんて声出すのよ・・・!!」
赤黒くすらなっている痕跡に、痛むようなら治癒をしようと思って指を伸ばしたというのに、まさかの反応だ。
イノも思わず大声を上げてしまう。
「イノが・・・いきなり触るからっ!」
びっくりするじゃない、と振り返ったサクラの翡翠の瞳は微熱に潤み、イノを睨みあげるも逆効果としか思えない効力で。イノは胸がざわめきながらも、声を詰まらせたことを自覚した。
そして、咄嗟にその箇所を手のひらで隠したサクラに違和感を抱く。袖の長い衣服を―――襟ぐいの締まった着衣でも、サクラが仰ぎ見たことで僅かにできた袖口から覗いた手首や首筋の隙間でイノは核心的な“それ”を見つけた。
「・・・・・・ッ!」
大きく息を吸い込んだまま、ハクハクと唇を震わせるイノにサクラは首を傾げて、熱を持った頬と耳たぶを隠すように、先ほどイノが迂闊にも触れてしまったそこも手のひらで覆った。





―――――いつからか。サクラは忍装束を機動性のある露出の高いものから、防御性の高いものへ切り替えた。
特攻型だった戦術ではなく、医療忍術として後援に徹するためなのだろうと単純にイノは自己完結していたのだが。
まさか。
先ほどサクラの皮膚に触れたイノの指先に未だ熱が籠る。
衣服に隠されたその皮膚には、先ほど“偶然にも”見つけた鬱血が施されているのだろうか。





シャリと薄紅の一房を梳って、イノははたと気づいた。
サスケが帰還したにも拘らず、サクラが髪を伸ばす必要がなくなった理由。
“防御性”の高い装束へ切り替えた理由。
『べつに・・・そんなのアカデミーの頃の噂じゃない』
先ほどのサクラの言葉。
決して断ったわけではない“彼”への想いは知っている。
そして皮膚に散らされた鬱血痕―――僅かに触れただけで悦楽を篭らせるほどに執着された“それ”。
サクラ自身が気付かぬ位置に―――サクラが気付けばすぐに自身で治癒してしまうだろうから―――それでも他者には見て取れる所有の痕跡。
(まさか)
いつまでも幼馴染と思っていた愛しい少女は、いつの間にか孵化を遂げて女となっていた?
(それって)
―――――自分の知らないところで、とっくに?
端正な顔立ちの青年のことなら厭というほど知っている。アカデミーの頃にサクラとの仲を疎遠にした“きっかけの少年”なのだから。
更にいえば、この数年どれほどサクラを苦しめていたかも知っている。
(それだっていうのに)
恋は盲目とは言うけれど。
どういう経緯で至った結果かイノの知り得ぬところだ。それもイノの苛立ちの一因ともなった。


「バッカじゃないの?!」


突如声を荒げたイノをサクラが振り返り、その翡翠をぱちぱちと瞬かせて。
今度はザリザリと怒り任せに髪を梳き始めたイノの手管に僅かに不安になりながらも、ビジュアルにはうるさいイノを信頼してサクラはおとなしく再び正面に向きなおした。
「髪、切ってただけじゃない・・・?」
会話の中にイノの琴線に触れる事項があったか連ねたが思い浮かばず、親友の爆発的な憤怒に呆気にとられて瞬きを繰り返し、サクラは自身の肢体に散らされた所有の証の存在に気付かぬままこれまた気付かぬ鬱血痕のある首を傾げた。








※サクラの断髪以降、イノが髪をカットしてあげてるとかだったら非常に俺得と思っての妄想。




ブラウザバックプリーズ









SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送