そして。





 





「申し訳ございません、風影様・・・火影の準備に手間取っておりまして・・・」
「謝るのはお前ではなくてアイツだろう」
それに遅れてくるのはいつものことだ、と背後に立つ木の葉の護衛に小さく息を吐いて我愛羅は整備されたアリーナを見下ろした先は、初めて我愛羅が参加した中忍試験の時に利用した木の葉の闘技場であり、今回の中忍試験の試験会場だった。
あの頃―――自我を失っていたあの頃、まさか自分が将来を担う忍たちを査定するようなこの位置に立つとは思うことはなかった。
そうだ、と思い出したように我愛羅は背後の側近に声を掛ける。
「テマリは変わりないか?」
「毎日ガミガミめんどくせーです」
側近―――奈良シカマルの気の抜けるような返答に苦笑して、相変わらずだなと我愛羅は口角を上げた。
「・・・あれは・・・?」
アリーナの中央に立つ小柄な身体―――漆黒の髪に、同じく漆黒の瞳が釘付けになる。
それはまさに、我愛羅が以前対戦した少年の面影をそっくり引き継いでいて。
「ああ、うちはの長男で・・・今期のルーキーです」
それに我愛羅は頷いて、遺伝子の不思議に感嘆する。





10年前―――うちはサスケと春野サクラが砂隠れから木の葉に向けて出立して、一月ほど消息を途絶え小さな騒ぎになった。
五代目火影の側近として忍界の第一線に名を挙げていた春野サクラと、忍大戦の発起人の一人とも言われ、里に戻った後も軟禁されていたうちはサスケの二人が揃って雲隠れをしたと。砂隠れに“花嫁”として差し出した春野サクラと、その護衛として就けたが未だ問題視されているうちはサスケを野放しにしたと木の葉の上層部からの糾弾は避けられなかったが、その間うまく立ち回ってくれたテマリによって上層部間で信頼が希薄になることもなかった。
やがて二人が木の葉の里に姿を見せたとの知らせがあるも、以降、ぱたりと春野サクラの名は聞かなくなる。
その代わりに―――――直後、六代目火影が就任したこともあり、上層部や側近も総入れ替えとなって、六代目火影補佐に就いたうちはサスケの名が再び聞こえるようになった。
春野サクラがうちはサスケの子を身篭ったと耳にするのは、随分後のことになるのだが。





シカマルに声を掛けられ、はたと意識を戻す。応えた我愛羅に、シカマルは火影が到着した旨を伝えた。
「遅いぞ」
「主役は遅れて登場するもんだってばよ!」
「・・・子どもか」
とても里の長とは思えない言い訳を言い放つ金髪に、我愛羅は眉を顰めた。
「おーおー、一戦目はサスケんとこの子じゃねーの!」
ナルトは9歳にも満たない年齢でアカデミーを主席で卒業したといううちはの子孫の自慢話を、まるで自分のことのように揚々と語った。
そんな中、何かに気付いたのかナルトが声を上げ、遠くにむかって誰かを呼んだ。
とても里の長のする所作とは思えないが、声を掛けられたと思われる黒髪の少年二人が向かってくる。
ナルトは近寄ってきた少年二人の頭部を容赦なく掴んで、その黒髪を撫で捲くる。一人はナルトの手のひらを軽く振り払ったが、振り払えなかったもう一人はナルトの餌食となって羽交い絞めにされた。そのまま我愛羅の前に突きつけ、サスケそっくりだろ、とこれまた自分のことのように誇らしく口端を上げた。
先ほどアリーナで見かけた少年より幾ばくか幼く思えたが、やってきた二人がうちはサスケに酷似した容姿のため少なからず動揺を見せた我愛羅に、後ろからシカマルがうちはの次男と三男であることを伝えた。
「今日は兄ちゃんの観戦か?」
ナルトの問いかけに次男にあたるのであろう少年はにこりともしない漆黒の瞳で無言で頷き、明らかナルトを敵視しているのだろう。
未だナルトに羽交い絞めされていた幼い三男は、やっとのことでナルトの腕を振り払い、近くにいた兄の背後に咄嗟に隠れた。
「今日のおれの任務は、兄ちゃんの試合を父さんと母さんに教えてあげることなんだからな! ナルトに構ってるヒマはねーよ!」
そういえば当のうちはサスケの気配もないことを思い出し、父親の所在を問うと、三男が答えようと息を吸い込んだのも束の間、その三男の膨らんだ頬を次男が摘み上げた。
小さいながらに任務の口外不出を捕えているとは、さすがうちはの血筋である。
「本当はサスケに俺の護衛任務をさせたかったんだけどな。血縁者同士が同じ会場にいたとき、万が一隙ができたらいけねぇって、里のジジイとババアが」
そう言って、ナルトはフンと鼻息を漏らした。
「ま、俺があとでお見舞い兼ねてサクラちゃんとこ行くからさ!」
笑顔で振り返ったナルトに対して、4つの幼い漆黒の瞳は心底厭そうに眇められた。
「来るな。父さんの仕事が増える」
「おれの“ずっと”の任務は、母さんをナルトから守ることだからな! 絶対、母さんに近づけないんだからな!」
明らか拒絶を面に乗せた少年の背後で、ずっとずっとだ! と兄の背に隠れながらも、幼い少年は必死に抗議している。ぎゃんぎゃんと騒ぐ少年に、ナルトははいはいと軽く流して二人のリアクションを楽しんでいるようだったが、ナルトの言葉が引っかかった。
「母親は・・・様態が悪いのか?」
我愛羅が静かに問うと、物静かな漆黒が我愛羅に向き直った。
「いえ、出産予定日が迫っているので。母体に問題はありません」
では、と小さく会釈して、未だ幼い少年は、更に小さい弟を連れてその場を走り去る。
「嫌われたものだな」
「お前が?! 何したんだってばよ」
「違う、お前が、だ」
眉間に皺を寄せ、すでに離れたこの距離を見て何も思わないのかと神経の図太さに呆然とする。
ええー、と首を傾げていたナルトだったが、不意に思い出したと我愛羅に喰い付く。
「結局さ、我愛羅は綱手のばあちゃんとどういう取引でサクラちゃんを木の葉に戻したんだってばよ? ばあちゃん、最期まで教えてくれなかった」
先代の火影から引き継がれなかったということは、その風習を伝承ではなく、文化として存在しないものとするためだろう。そもそも、そのような盟約があったところで、いずれ風化するものだろうと思わずにはいられないのだが。
「サスケがサクラちゃんを連れて帰ってきたと思ったら、サクラちゃん妊娠してるし、父親が誰か言わなかったけど生まれてきた子どもはまんまサスケだしさ」
またその話か、と我愛羅は肩を下げた。
自分だけが蚊帳の外だったのが、相当悔しかったらしい。
未だにぶうぶうと唇を尖らせるナルトに、我愛羅は小さく嘆息を吐く。
「しつこいぞ」
「だってさー」
「しつこい」
ナルトの追及をばっさりと斬り捨てて、我愛羅は再びアリーナに向き合った。
―――――10年前のあの日、木の葉の花嫁を返上したこと。
果たしてあの分岐点のあの選択は正しかったのだろうかと、疑念することは少なからずあった。サスケとサクラが姿を消した一月間は選択の過ちを思わざるを得なかったわけだが。
果たしてその一月間どのような想いで二人が雲隠れを決したのかは定かではないが、我愛羅が木の葉に宛てた書簡に併せて、火影補佐に当たるサクラのうちはサスケの子どもの妊娠出産に至ることで、うちはサスケの軟禁は終焉を迎えた―――最善の選択を辿ったことは確かだった。“彼ら”にとっても、木の葉にとっても。
うちはの血筋を受けて生まれてきた彼らは、幼いながらも間違いなく木の葉の財産であり、いつか木の葉の師が言った火の意思を持つ者であると我愛羅は頷いた。
ナルトも我愛羅に倣ってアリーナの中央に視線を送る。 火影の視線を受け、主審が右手を揚げる。
それに合わせてアリーナの中央に黒髪の少年は、自身より身長の高い少年に臆することなく向き合った。









「・・・そろそろ、試合開始時間ね」
「ああ」
「気になる?」
「・・・別に」
「ふふ」
「・・・何だ」
「見に行けば良かったのに。任務としてじゃなければ、会場に行っても良かったんでしょう?」
「あいつら帰ってこれば事細かに言うだろう、それに」
「なあに?」
「俺の息子なら」








〜fin〜







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