室内の結界を解かれてサスケに連れられ火影室へ入ると、テマリがすでに出立の準備が整った状態で火影の前に召喚されていた。
三人綱手の前に並んだところで、綱手が息を吸った。
「任務を言い渡す。砂のテマリ、うちはサスケ、春野サクラの三名は最短ルートを用いて、“味方”にも悟られることなく速やかに砂隠れの里へ入国せよ」
木の葉の里から砂隠れへの移動距離は約3日間。
近い距離ではないが、行き慣れた道のりだ。
「春野サクラの身体を最優先事項とするわけだが・・・サクラのチャクラ孔は未だ閉じたままの移動となる。攻撃タイプのサスケ、援護タイプの砂のテマリ・・・となると医療忍術が欠落することになるが、ここで増員した場合怪しまれるのは必須だ」
サクラ、と綱手が呼んだ。綱手は一つの巻物を差し出し、サクラに手渡す。“人”の綴り字で封印してあるエンジ色の巻物にサクラは眉を顰めた。
「それで“あたし”を口寄せすることができる。チャクラを使わずとも、巻物の結び目を解けば呼び寄せることができる。万が一の時にはあたしを使え」
火影そのものが介入するということ。
風影の花嫁になるということ。
「・・・あの・・・」
「何だ」
面を上げずに俯いたまま返答をする綱手に、サクラは躊躇いながら問い掛ける。
「・・・ナルトは」
「ヤマトと共に水の国に行かせている。“阻止”されかねんからな。・・・心残りか?」
いえ、と頭を振る。
「もう充分に話はしました。それに、今生の別れではありませんから」
思わず苦笑が漏れた。
それでも綱手は面を上げようとしない。
「綱手様」
傍らに立つシズネに小さく会釈して、綱手の傍らに立つ。
シズネは察したように、サスケとテマリを促して部屋を出て行った。
「綱手様の弟子として、最後の我侭です。・・・二人きりでお話しても構いませんか?」
すでに二人だけ残された室内だったが、許可を得る。
そういえば修行のため二人で過ごす時間は多かったが、会話らしい会話をする機会は無いに等しかった。そう思うと緊張する。
綱手に想いを告白することなどなかったのだ。
「本当に感謝しています。下忍の時に綱手様の力を見て、綱手様に憧れた。みんなを守る力が欲しくて、ナルトと一緒に闘う力が欲しくて、サスケくんを連れ戻す強さがずっと欲しかった」
あの頃のもどかしさは未だに覚えてる。
すぐ近くに居るのに、何の力にもなれない苛立ち。
「・・・それが叶って、またナルトとサスケくんと一緒に居られるようになって・・・これ以上の至福はないと思いました」
「もし、お前が“優等生”として今回の砂からの提案に頷くようであれば、お前を殺そうと思っていた。お前は昔から自欲を抑えて優等生を振舞おうとする。そこが気に食わなかった」
不意に口を開いた綱手に、サクラは頭を振る。
「わたしはずっと我侭でした。良い子を装って、偉そうに弱い自分を隠してただけで・・・そんなわたしに綱手様は目標に向かえる道標をくださった」
だから、と続けたサクラの言葉が途切れた。
綱手の腕に抱き潰されて、サクラのくぐもった声が漏れる。
「・・・砂からの吉報を、待っている」





火影室を出てすぐにサスケが傍らに就いた。
シズネに深くお辞儀をして火影室に背を向ける。
階段を下りながら手袋と肘当てを装着する。
薄暗い火影塔を出て、久々受ける陽光に瞼が震えた。
小さく息を吐いて、出てきたばかりの火影塔を仰ぎ見る。
火影室で二つの人影を見つけて、無理やりに目を逸らす。込み上げるものを手の甲で拭い去り、顔を背けて堪える。
未だ東の空が淡く黄色い。ナルトと別れたあの朝を思い出した。
振り切るように踵を返したところで、ばさりと肩にマントを掛けられた。
何かと振り返ると、サスケだ。
「隠密行動だ。フードも被れ」
頷いて、マントを装着する。フードを被ろうとしたが、もう一度空を仰いで大きく息を吸い込む。
キンと冷えた冷たい空気が喉を通って肺に届く。
眼を見開いて視界いっぱいの空を眺める。
日が昇りかけた淡い水色と遠くに流れていく白い雲と頬に当たる冷たい空気に、冬であったことすら忘れていた。
冬の弱い太陽光ですらサクラの視界には辛く当たる。
一週間以上結界の張られた密室で過ごし、時間の感覚すら狂っていた。
ゆるく息を吐き出し、目深にフードを被る。
火影塔から少し離れたところで待っていたテマリがゆっくりと歩み寄ってくる。
「お待たせしました」
「戦闘服を纏った花嫁だなんて―――聞いたことがない」
装備を終えたサクラを見て、テマリは苦笑した。








*








「このペースで行けば明日の夕方までには砂隠れに入れるだろ」
テマリは焚き火を組みながら小さく息を吐いた。
テマリに対峙する位置でサクラは焚き火にくべる枝をその手で弄んで。
やわらかな棘が白い肌に食い込むのをじっと見つめる。
冬の乾燥した空気に、蒔きが膨れてパチリと火が弾ける。
「ここまで来てなんだが・・・あたし自身、我愛羅の嫁を連れてきたという実感が湧かない。相手がお前だからというのか、突然の伝令だったからか・・・そう、実感が湧かないんだ」
テマリの正直な感想に、サクラも思わず笑った。
「正直言うと、わたしもです」
困った、と首を傾げた。
相槌を打つようにパチンと火が爆ぜる。
漆黒の闇の中で、煌々と燃える焚き火がサクラとテマリの面をオレンジに染めた。
「綱手様に稽古をつけてもらってはいたけど、風影様のお嫁さんとして白羽の矢が立つような人材とも思えないし・・・そもそも、わたしが結婚できるとも思ってなかった」
最初の中忍試験の時に髪を短くしてから、女らしいことなど一切と言っていいほどしてこなかった。
“優等生”を演じながらも第七班の中で唯一秀でなかった己を苛み、サスケやナルトに認められる存在になりたいという一心で綱手の元で修行した。
「砂隠れの風習のことは・・・チヨばあさまから聞いていました。いつかは断ち切らなければならない根源だとも。決して犠牲になるつもりなんてないけど、我愛羅くんがそれを願うなら・・・砂隠れを変革するきっかけになれるなら、わたしはそれに沿いたい」
言い切って、サクラは心の引き攣れに息を詰めた。
ただ、一つ言えば。
わだかまった恋情だけがサクラの心を鈍らせた。
それも、きっと。
きっと、サスケが里抜けするときにサクラに残したたった一言に縛られて、未だにケロイドのようにちょっとした拍子にサクラの心を引き攣るのだ。
ただそれだけの、小さな小さな傷痕なだけ。
「あたしは・・・我愛羅の姉でもあるし、アンタのことも今回の件なしに気に入ってる。だから、二人とも幸せになって欲しいんだ」
テマリの真摯な思いに、胸が逸る。
応えられるのだろうかという不安も、また。
「我愛羅はずっと化け物として里から扱われてきた。優しかった母も・・・腹に一尾を憑依させられてから人が変わって、その母の命の引き換えに生れ落ちた我愛羅が怖かった。その我愛羅がナルトと触れて、木の葉の人間に接して、ずいぶんと変わった・・・風影にまでなることが出来た。我愛羅にとって木の葉は憧憬の土地なんだ。サクラを砂隠れにという提案は上層部の意思決定だとしても、サクラを砂に呼ぶことにしたのは我愛羅の意思だ」
パチンと火の粉が舞う。
チリチリとオレンジが舞い散るも、すぐに濃紺の闇に飲み込まれてしまう。
「それなのに・・・なんだろうな。お前たち二人で幸せになるっていうことは考えたことが無かったからかな」
珍しく歯切れの悪いテマリの口調にサクラは目を伏せる。
言いたいことは分かる、気がする。
沈黙したサクラとテマリの間で、ヂッと煌々とした焚き木が蒔き割れした。
「慶べない自分がいる」
パチン、と。





砂隠れの巨大な谷を通り抜けると、見渡す限りの砂の景色。
僅かに荒れてきた砂漠を倦厭して少し遠回りをしたため、砂の中心部に到着したのはとっぷりと浸かった夜になった。
「我愛羅は明日の夕方戻ってくるそうだ。西の方の砂嵐で予定が一日ずれ込んだらしい」
テマリの報告に頷いて、サクラはサスケを見上げた。
「俺は春野サクラの砂への移送が任務だ。単独行動の許可が出ていない。お前の砂への入国後、木の葉からの指示があるまで砂隠れで待機する」
淡々と応えるサスケに、テマリが近くの側近を呼んだ。
「部屋を用意させよう。サスケをゲストルームに連れてってやってくれ」
「監視を付けなくていいのか」
サスケの問いに、テマリは一瞬眼を見開いて苦笑する。
「・・・冗談だろ。お前に監視を付けたところでナンセンスだ。お前を抑えられるのはナルトとサクラくらいだろ」
肩を竦めたテマリに会釈して、サスケは促す側近に付いて踵を返した。
サスケの背中を見送って、サクラはテマリに連れられた部屋に一人落ち着く。
監視は付けない、とだけ言ってテマリは部屋を出て行った。中央部の建築物から出なければ良いとも。
砂隠れに任務で来る時に用意してもらっていた部屋と同じゲストルームで少し落ち着く。
特別な待遇を受けない当たり、未だ今回の件が砂隠れでも上層部で留まった案件なのだろう。しかし―――たとえ上層部の意思決定だとしても、それを享受しサクラを呼んだのは風影の我愛羅なのだ。
窓の外を眺める。
漆黒の空を雲が流れていくのを月明かりが照らした。
暴風が窓を襲って被さるように砂嵐が視界を覆う。
ゴウゴウ、と遠くで暴風と建築物の擦れ合う音が聞こえる。
砂嵐と流れる雲から覗き出たのは白い満月。
サスケくん。
名を呼んだのは無意識だった。
満月の夜はいつだってサスケの言葉がサクラの心を捕えた。
―――――そう、できることなら。
結界の張られて室内で過ごした一週間、一度でもサスケの理性の箍を外してやりたかった。
柔らかなものを鋭く尖ったもので、やさしくやさしく甘く引っ掻く。そうすることで、ほんの小さなことでもふとした時に思い返してもらえるように。
少しの意地悪くらい、してやりたかった。
最後なのだ。
本当に、今日が最後なのだ。
サクラは意を決して踵を返した。
――――― 一緒にいる我侭くらいは許されないだろうか?





小さくノックをする。
ここであることに間違いは無い。
ほんの少しだけのサスケの匂い。
「サスケ、くん」
小さく名を呼ぶ。
僅かに扉が開いたと思うと同時に、内側に引き込まれる。
「・・・何をしにきた」
数秒外の様子を伺い、外の様子に異変がないのを察したのかサスケがサクラに向き合う。
剣呑な漆黒に睨まれ、気後れする。
「サスケくんに、会いに」
なぜ、とサスケの唇が動いた。
理由を問われてサクラはたじろぐ。
花嫁として砂へ嫁いできたのだ。
それだというのに、いくら同郷の者とはいえ男の元へ足を向けるのは不謹慎だったと今更ながらに思う。
ましてやささやかな復讐など。
それでも。



「きっと最後だから・・・サスケくんに会いたかったから・・・!」



言葉を探して見上げて捕えた漆黒は、酷く苛立った眼差しだった。
手首に激痛が走り、サスケに捕まれたことを知る。
間合いを瞬時に詰められ、力強く引き寄せられて痛みに思わず喘いだ唇に温かな息が掠めた。
背筋をぞくりと“知った感覚”が這い上がる。
それを振り切るように顔を背けようとしたサクラの顎は強い力で捕えられ。
彼女の唇に彼の唇が噛み付くように重ねられた。








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