用意された白装束に着替えさせられ、聴覚と視覚を塞ぐ呪いを掛けられた。
シズネに引かれるまま移動し、閉ざされた場所へと辿り着いたのを足の裏で感じ取った。
腕を引かれ、座らされる。が、聴覚と視覚両方を塞がれては、座ることすら侭ならず、へたり込むことしかできなかった。
サクラは着用した白装束の併せを他者に崩されるのを察して、思わず払い除けてしまう。
だが、手のひらから女性―――シズネの気配であることを察して、自ら上半身を肌蹴させた。
空調が利いている室内でも、冬の本質のせいか素肌に当たる空気は心を凍えさせた。
ひたりと。
裸の肌に他者の裸の手のひらが宛がわれて震えが止まらなかった。
いくら聴覚や視覚を塞がれているからといって、同じ女性であるシズネに触れられるだけでこんなにも怯えるだなんて。なんたること。
両肩にチャクラを感じて、術式を組まれ始めたのを知る。
ふと、こめかみに指先を当てられ、急に回りの音が入ってきた。
「・・・シズネさん?」
「もうここまで来たなら、聴覚くらいあっても構わないでしょう・・・サクラ、今なら私を倒して逃走することもできる」
両肩から二の腕に向けてチャクラが流れ込んでくる感覚が重たい。
シズネに可能性の話を持ち出されるのをサクラは頭を振って、その可能性はありえないと否定した。
「砂から提案があったという時点で、もうこちらに拒否する権利はありえません。それに」
肩に感じていたシズネの指の動きが止まった。
まだ指先はサクラの肌から離れない―――印を結ばない。
「―――――選ばれたことを、忍として光栄に思います」
笑って見せると、シズネが漏らした吐息が震えたのがサクラの耳たぶを掠めた。
見えないけれど、決して“そんな表情”をさせたくて言ったのではないのに。
ごめんなさい。
サクラが言葉にするよりも先に、シズネが言霊を発した。

















「・・・ん・・・」
サクラは冷たい布地の上で目が覚めた。
僅かに腕を動かしただけで、身体の節々に鈍い痛みが走る。
視覚が霞む。
ゆっくりと瞬きを幾度か繰り返し、ぶれる視界を拭い去った。
視力が回復して見渡す空間は、見覚えのない、何もない真っ白い部屋。
その真ん中に置かれたベッドにサクラは居た。
部屋から続く通路から洗面台やバスルームが続くのはわかったが、不自然に窓や扉が“消されて”いる―――結界を張られているのだ。
状況を把握しようと、寝かされていた寝台に両手を突いて身を起こす。
その両手首に呪印が刻まれているのが見えた。
手を胸に抱いて息を吐く。ゆっくりと、長く。
(チャクラ孔を閉ざすって、こんなに息苦しいの・・・)
「―――――目が覚めたか」
聞き覚えのある声に振り返る。
ベッドからそう離れていない位置に隙なく立つ黒装束は。
「サスケ、くん」
「これより砂へ移行するまでの期間、春野サクラの護衛任務を遂行する」
静かに任務内容を述べる。
その内容から“今回の件”を知っているのだろう。
「お前の砂への入国の期日はまだ知らされていない。火影から通達があり次第、報告する」
「サスケくんは・・・“護衛”・・・?」
独りごちて、はっとする。
そうだとすると、“訓練”に当たる人物は誰なのか。
『―――夜の営みの為に、お前を“慣らす”人間だ』
綱手が告げた言葉が脳裏を掠める。
“慣らす”と綱手は云った。
緊張に呼吸が乱れる。今更ながら浴衣の袷を掻き合わせて、自身を抱しめた。
それをサスケに悟られまいと、何気ない会話を続けようと努める。
「・・・結局、サスケくんにも守られてばっかりだね」
チャクラを封じられた手首をなぞりながら、サクラは一人ごちる。
そのサクラの手首をサスケの手が掴んで引き寄せられた。突然の所作に、サクラの体勢が崩れて浴衣が肌蹴る。
サスケはサクラの手首に残されたチャクラを封じる印を確認して、フンと肯いた。
「薬と幻術の使用は今後の胎児の影響を考慮して却下された」
「・・・え?」
サスケが無遠慮にベッドに乗り上がってきた。
掴んだサクラの手首を更に強く引いて抱き寄せて、胡座を掻いたサスケの膝上に軽い体重を乗せる。
思わずサクラの唇から悲鳴が上がったが、手首を捉えたサスケの力は弱まることはない。
「性感帯の“慣らし”だ。火影から聞いているだろう」
何でもないことのように、テノールは無機質に告げる。
近づいた面を背けるが、顎を捕まれそのまま額を合わせられた。
「や・・・だ・・・、やだよ、サスケくん・・・っ」
「・・・任務だ」
「ちがうよ・・・っ」
違う、とサクラは頭を振ろうとしたが、顎を捕まれているために視線を外すことはできなかった。
翡翠と漆黒の瞳が絡み合う。
わたしのことじゃなくて、と吐息のようにサクラが呟く。
「サスケくんは、任務であれば誰だろうと抱くの・・・っ?」
「お前が言えるのか」
サクラの悲痛な叫びを、静かに、それでもはっきりとテノールが詰る。
「お前は、任務であろうなら知らないような奴の子どもも孕むんだろう」
サスケに指摘されてカっとなる。
「そうだよ・・・! でも、任務でじゃないわ」
春色と闇色の前髪が絡み合う距離で、違う瞳の色が交じり合う。



「いつか迎える離散も、分岐点も、“今回は”きっかけでしかなかっただけ。―――すべてわたしが決めたことよ」



サクラが言い放って、翡翠の瞳が揺らぐことはない。
漆黒が見定める。
少しでも引けば、それみたことかとサスケが呆れるに違いないと。
決して緩やかに決断したことではないことを、サクラはサスケに知って欲しかった。
いつだって揺らぐサクラの覚悟がナルトやサスケを傷つけ、独りにさせてしまった。
「・・・同じ班のメンバーが寿退職するんだよ・・・祝福してよ」
「なら、なぜそんな表情をする。泣いてる人間を祝福するほど俺に嗜虐嗜好は無い」
眉間に皺を寄せたサスケが低く呟く。
「“これから別々の道が始まるだけだ”―――サスケくんが言ったんだよ」
13歳の時に迎えた別離の時の、サスケの言葉だ。
バツ悪そうに、サスケは眉間に皺を寄せた。
「わたし達はずっと同じスリーマンセルだったけど。たまたま運良く命落とすことも、致命傷負って職を絶たれることもなかったからだっただけで、いつか来る離散が、“今”に至ってるだけなんだよ」
―――――ああ。あの月の夜と逆の立場だ、とサクラは心を震わせた。
この状況になってやっと、木の葉を去るサスケが残した言葉の意味がほんの少しだけ汲み取れたのではないかと思える。
ナルトも、サスケも、サクラの欠如を許さないでいてくれるのだと。
必要としてくれるのだと。大切な彼らに何もできなかったのに去る自分を、と。
報われたことを、サクラは知った。否、すでに報われていたことを、サクラは。





「砂には―――・・・まだ“悪しき風習”が栄えてるんだって。チヨばあさまがおっしゃっていたわ」
込み上げる嗚咽を堪えて、言葉を振り絞る。
悦びに心が震えていた。とても告白することなどできないけれど。
サスケは唇を閉ざして憮然とした表情でじっと聞いている。
「新しい風習、新しい慣習を植え付けるには、新しい土壌がないと根付かないんだよ」
きれいごとだ、とサクラは自分の言葉に眉を顰めた。
こんな理想が早々叶うはずが無い。
それでも軌道修正を行う“杭”としての役割にはなれるのではないかと、口に出さずとも己を納得させる。
「“それ”に対してお前が犠牲になる必要性はあるのか・・・?」
「犠牲じゃないよ」
サスケの詰問を否定する。
砂だけではない。木の葉も同様の仕来たりが未だに蔓延っているには事実だった。
「風影さまのお嫁さんだもん。滅多にお声の掛かることじゃないよ」
ね、と首を傾げると、まるで口付けられるほどの距離に面が近づいた。
このサスケを想う愛しさも幼少の頃から燻るときめきも、ずっと胸に抱いたまま永遠になればいい。
サクラはそう思う。
サスケが詰めていた息を緩めるように嘆息を吐いた。
張り詰めていた空気が和らいで、無意識にサクラの肩からも力が抜ける。
「―――俺の任務は“春野サクラの護衛”と“女としての訓練”だ」
ウンと顎を引いて肯く。先ほども言われたことだ。
「・・・里は俺をお前とナルトには“無害”と判断しているらしい」
サスケはきつく掴んでいたサクラの手首を緩める。
そういえばサスケの膝の上に乗り上げたままだった。
乱れた浴衣の裾をそれとなく併せてみたが、それでもサスケは気にしていない風で。
「特に今回のお前に就けていれば俺の軟禁と併せて護衛もできる。お前に至ることで『万が一』のことがあれば、俺を処刑する立場に追い遣ることすらできる。一石二鳥の厄払いだな」
自虐的に顎を上げたサスケをサクラは柳眉を顰めた。
ふとしたときに出る自分を傷つけるようなことを言うサスケは好きじゃない。
そのサクラの眼差しを汲んで、サスケはわかっていると言うように眼を合わせてきた。
「今更、木の葉を貶めるようなことなどしない。命に代えてもお前を護る」
淡々と。
いつかの決意を思い起こさせるように。
宣言する。
「安心しろ」
サスケの口角が上がった。
骨ばった指先がサクラの頬を捉え、そのまま柔らかく耳たぶに触れる。
ゾクリと。未知の知覚に距離を置こうと、サスケの胸板を押そうとした手首は絡みとられて乱暴に押し倒される。
サクラとサスケの体重に耐え切れずに、ベッドがギシリと悲鳴を上げた。
サスケの肉付きの薄い手のひらがサクラの頬を捉え。
大きな翡翠の瞳に表情を消した漆黒の瞳が映る。ゆっくりと瞬きをして、それでも変わらない世界に絶望よりも歓喜に打ち震えるのは何故か。
「俺の任務は“慣らす”だけだ」
欲情のないテノールが最後通達を告げ、骨ばった指は無遠慮に柔らかな唇に触れた。










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