―――――魂が抜け落ちていく感覚を知っている。





(・・・チヨばあさま)
飛び込んできたいつも通りの自室の天井に、夢を見ていたことを知る。
目が覚めて、サクラは安堵の息を漏らした。冬の朝は寒く、指先が冷たさに痺れる。
いつだって“あの時”の夢を見るのはつらい。人の命の重さを再認識させられる。
抜けようとする魂をせき止める為にきつく抱しめたのに、留めることができなかった。
ともし火が消えるように身体中を廻っていたはずのチャクラが薄れ、血液の流れが弱くなる。
徐々に。
皮膚が硬くなっていく感覚。
冷えていく塊。
ヒトから命が消えるとき、その肢体の体重から0.7g軽量化すると聞いたことがある。
魂の重さとも。
腕に圧し掛かる身体の重み。
命の分だけ抜け落ちた、身体の重みを。
そして。
サクラを併せて責め立てるのは―――――。










「――――テマリさん?」
火影塔へ向かう途中、見覚えのある後ろ姿に声を掛ける。
「サクラ」
大きな忍具である扇子を担ぎ直して、気丈な瞳が振り返る。
特徴的な切れ目がサクラを確認して微笑んだ。
ステップを踏むように歩みを速めて、テマリに追いつく。サクラが並んだところで、テマリの歩みは再開された。
「ここのところ、木の葉に来る機会、また増えてるんですね」
「ああ・・・まだ我愛羅が若いからな。我愛羅の意見だけじゃなくて上層部の意見も聞き入れながら政を進めなくてはいけない。・・・まだまだ砂は悪しき風習からは脱せないな」
吐息混じりに呟いたテマリを見上げると、テマリは鼻息を漏らして肩を竦めて見せた。
一月に幾度も長距離を往復するのだ。疲れないわけがない。
「・・・でも行き来が増えると、会える機会も増えますもんね」
ふふ、とサクラが笑うと、テマリが珍しく慌てた。
「な―――っ、別に、シカマルとは・・・っ」
「シカマルがどうかしました?」
にんまりと笑うと、珍しくテマリは頬を染めてサクラを睨み上げた。
「・・・別に、木の葉と砂との使役としてアイツとは良く組まされるだけだ。―――それ以下でも、それ以上でもあってはならない」
言い切ったときのテマリは既にいつも通りの表情を消した眼差しだった。
忍だ、とサクラは思う。
忍ぶ想いを知る人だと。
「まあ、うちはの小僧に会えるのも目の保養になるしな」
くつくつと笑ってみせるテマリにサクラは頬を膨らませる。
サスケが木の葉に戻ってしばらく、暗部配属になってからというもの火影付のサクラですら会う機会が失われていた。
「お前は――――・・・」
テマリが言葉をとぎって空を仰いだ。
冬の高い空を、隼が火影塔に向かって着地したところだった。
「なんで、テマリさんがここにいるのに砂からの使役が・・・」
「“緊急”ではなく“密書”だな・・・わたしは、聞いていないぞ」
使役に結ばれた呪の色を見て、テマリは怪訝に眉を顰めた。





「あー! サクラちゃん、見っけ!」
テマリと茶屋で腰を据えていると、騒がしい金髪が乱入してきた。
いつもながら騒がしいな、と苦笑するテマリにサクラは笑って誤魔化す。
「アンタ、もうちょっと落ち着きなさいよ」
最後の団子を頬張りながらナルトを見上げると、ナルトは影分身を解いて本体をこちらによこしてきた。
「影分身使ってたの・・・何、緊急・・・?」
「うん! 綱手のばーちゃんが急いでサクラちゃんを呼んで来いって・・・」
何が起きた、と思うと同時に、先ほど見かけた砂からの使役を思い返す。
テマリも同様のことを思ったのか、見合わせた。
「いや、でもあれは“緊急”の使役ではなかった」
頭を振るテマリに頷く。
早く、と急かせるナルトに倣って席を立った。
到着した火影塔はずいぶんな警備になっており、入り口手前でテマリはおろかナルトすら塔に入ることは叶わなかった。
騒ぎ立てるナルトをテマリに託し、サクラは手前で待ち構えていたシズネに連れられ火影室へ入った。
しんとした火影室に違和感を抱く。
サクラが入室したと同時に、火影室に結界が張られたのだ。
「師匠、何が・・・」
「―――――急な呼び出しで悪かったな」
焦燥した綱手の言い方に心が逸る。
いえ、と相槌を打って先を促した。
「砂の大国からの、申し出だ」
綱手はゆっくりと、丁寧に、呪を解いた文書をデスクに広げた。
はたり、はたりとゆっくりとした動きで広げられるその文書は、先ほどテマリと一緒に仰ぎ見た隼に結ばれていたもので。
はたり。
開ききって、綱手はゆっくりと腕を組んだ。
サクラを呼んでいるのだと。話をするには距離があったと、綱手の前まで歩み寄る。



「風影殿―――――砂の我愛羅の夫人に、春野サクラをと」



「え・・・?」
あまりに突然のことに、話が飲み込めない。
立ち尽くすサクラに、綱手は話を進める。
「風影殿は近く成人を迎えられるにあたって、嫁探しをしているという噂を聞いたことはないか?」
いえ、とサクラはふるりと首を振る。サクラが耳にしていたのはむしろ若い女がはしゃぎ立てるような“逆”の噂で。
「元カカシ班ということもあって、お前の名前は砂の人間は知っていたようだったが・・・それよりも我愛羅が暁に連れ去られた時、当時相談役だったチヨ殿と組んで暁のサソリを倒したことがあっただろう。その時にひどくチヨ殿がサクラの気質を気に入っていたようだと砂の人間が口を揃えたらしいのだ」
「でも、わたしは、何も、できなくて・・・」
途切れ途切れに言葉を発するサクラに、綱手は苦笑した。
「砂にとって、ナルトと同様にお前も英雄とされている」
そんな力はどこにもない、サクラは頭を振る。
ナルトを守るため、サスケを里に戻すため――――その一心しかない邪まなことだというのに、崇められないと。
「風影殿もサクラのことは良くご存知のようだ。一度目の中忍試験の時に、お前たちの班と我愛羅とで戦ったことがあったのだろう? ・・・気丈な女だと、以前会合の時に言っておられた」
砂の、サクラを迎え入れる態勢を聞いて、断る理由がなくなった。
唯一、断る理由があるとしたら、サクラの自我でしかなく。
幼少の頃から想いを寄せる、黒髪の少年。
サクラにとっては唯一の存在だが、忍にとっては、一人の忍という存在でしかない。
(サスケくん―――――)
「お前の想う者のことを、知っている」
綱手が汲み取るように、口早に言い切った。
「私は初代火影の孫という身でありながらも、木の葉を離れて姓を捨て放浪し、誰に身を寄せるでもなかった。―――――この意味が、わかるか?」
深く考えたことはなかった。
だが、“おそらく”“そう”なのだろうと思っていたことはある。
(政略結婚の、回避・・・!)
綱手の想う人の話は聞いたことがあった。実らなかったとも。だからこそ守るものができたのだとも。
断ち切ることで、報われることもあるのだとも。
その事実を受け入れることに吐息が震えた。深呼吸ができなかったのだ。
「お前の、一生の問題だ。すぐに決めろとは言わない」
硬直するサクラに、綱手が間を置いた。
「情報の漏洩も考慮してこちらの用意した室内にはなるが・・・一晩、考えろ」
以上だ、と告げた綱手の言葉を耳にしながらも、窓を覆う月すら覗かない颯爽とした青空は現実離れして、サクラの心を浮遊させた。
一房の。
白い雲がゆっくりと、それでも着実に形を変えて風に流されることに、現実を知る。





肯くか。
―――――否か?








ブラウザバックプリーズ






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