「下らない」



ほんの少しの優しさや慈悲を含むでもなく、彼の言葉は少女を直接的に傷つけた。





に確かな





「俺も不器用だけどさ。オマエも大概、不器用ね」
サクラを追ったナルトの背が見えなくなったところで、カカシは溜息交じりに漏らした。
カカシの言葉に、サスケは眉間に皺を寄せる。
「その点、ナルトは素直で真っ直ぐだな」
うんうん、とカカシは一人頷く。
「ああいうタイプは“いい人”に否応なく分類されるからな」
―――いい人止まりになる可能性が高いということは言わずもがな。
カカシは全てを言うでもなく、思わせぶりに大袈裟に首を振ってみせた。
「女ってのは、寂しい時に傍に居てくれるヤツになびくからな」
知ったような口を利くカカシに、サスケは「黙れ独身」と斬って捨てる。
「本当に可愛くないな、お前」
「煩い」
だからさ、とカカシは付け加える。
まるでこれが切り札だと言わんばかりに、口元に右手を添えて。


「君が居れば、それだけで僕は力が湧いて来るんだよ―――って言ってやればいいだけなんじゃないの」


な、と肩を叩いてきた銀髪の上忍を、胡散臭げに見遣り。
サスケは煩わしさを振り払うように背を向けた。






「五月蝿い」



*



(暑い―――――)
四方から蝉が鳴く高い音が響き渡る。
真っ青な空に、入道雲が艶やかに伸び上がってくる。
このクソ暑い中、どこへ行ったのだろうか。
サクラは。
もしかしたら。否―――――十中八苦、ナルトが傍に居るのだろう。
そしてきっと、彼女を浮上させるよう奔走しているに違いない。
サスケは舌打ちを噛み殺す。





「ナルト、サスケ。今日から一週間、武器と忍術禁止な」
今朝一番。練習場に集合と同時に、カカシに命ぜられる。
ナルトは訝しげに道具袋から武具を探りながらカカシに問う。
「武器と忍術なくって、どうするんだってばよ」
「体術」
ええぇ、とナルトは明らかに嫌な悲鳴を上げた。
サスケはそんなナルトを横目に、道具袋ごとカカシに渡した。
「どうして今更体術なんか」
明らかに不満顔のナルトに、カカシはあっさりと修行不足だから、と答えた。
これより一週間、武器は一切の使用を禁ずる。
忍術も禁ずる。
一切はチャクラコントロールのみの体術。
お前等チャクラコントロールが随分不安定なのよ、とカカシは二人を煽った。
ムキになるナルトと、一緒にするなと睨み上げるサスケの隣りで、サクラが首を傾げる。
「―――先生、わたしに体術の習得はないの?」
「んー? サクラはチャクラコントロールが十分出来てるから」
サクラは自分の道具袋に手を掛け、少しばかり弄んだ。
カチャカチャ、とクナイと手裏剣が合わさる音が聞こえる。
その手を止めて、可哀想に俯いた。
「どうした、サクラ」
黙り込んだサクラに気付いたカカシが、声を掛ける。
「・・・わたしが女だから・・・?」
一人ごちるような。
それでも誰かに確認するような問いがぽつりと落ちる。
そのことに最初に気付いたのはサスケだった。
別に、彼や彼女に吐いた言葉ではなく。
ただ、目の前の少女に劣る己の実力が、お粗末だということの事実に。



「くだらない」



そして、冒頭に戻る。
本当に―――――くだらない。



*



演習場を抜け切り、路沿いの選択肢を選ぶ。
サクラは演習場から裏へ走っていったはずだ。
演習場裏の地形を思い浮かべ、その中で、彼女が幼少の頃から好んだ場所を思い返す。
新緑の椎の木の下。
水辺の蕗の陰。
背の伸びたひまわり畑。
幾度となく目の当たりにしてきた、小さな少女がさらに小さく蹲っている姿。
アカデミーに入りたての時、毎日、毎時間のようにちょっかいを出されて泣き声を上げていた小さな少女。
たとえば、その淡い髪色だとか。
たとえば、その稀少の翡翠の瞳だとか。
たとえば、目鼻立ちのある端正な顔立ちだとか―――その中で、少しだけ額が広めだということだとか。
今思えば、憧憬の眼差しの的になっていたのだろう。
しかし、幼少の彼らは彼女の希有な存在を異端として捕え。
アカデミーではいつだって春色の少女は一人ぼっちで居ざるを得なかった。
いつも、背の高い木の陰や蕗の陰で、一人で泣いていた。
“うちは”の自分も。
“希有”の彼女も。
ついでに“禁忌の子”と呼ばれた彼も。
誰もが一人ぼっちだったのだ。
しかし彼女は山中という友人を見つけ。
やがて一人、また一人と友人を見つけ、彼女の周りには人が集まった。
はにかむように、己にだけ向けられていた笑顔は、やがては万人に向けられるようになった。
ナルトも。
カカシも。
例外なく。
そんな彼女は、己に執心のようだが。
サスケは舌打ちを噛み殺した。



―――――恋慕と憧れは違う。



サクラは、まだ分かっていないのだ。
彼女の己に向けられる想いのベクトルと、ナルトに向けられる想いのベクトルを認識しているつもりだった。
己の一挙手一足蹴に歓喜気落する少女のベクトルは、常に己に向いているものだと。
しかし、少女の傍にはいつでも金髪の少年が寄り添っていて。
それこそ少女の一挙手一足蹴に歓喜気落させて。
そんな少年に、サクラも笑って応える。
きっと、それが正常なのだ。
優しくしてやりたいと思う反面、意地の悪いことをして、その思いの丈を己に向けさせる。
歪んだ独占欲だと、認識している。
彼女から注がれる想いの丈を、気付かない振りをしたツケなのだろうか。







演習場の裏まで来て、黄色い夏色が波立つ入り口に見慣れた金髪を見つけた。
ビンゴ。
ひまわりの花畑を背に、仁王立ちで守衛している。
「サスケ」
気付いて、呼ばれる。
少女が中に閉じこもっているのだろう。
「今はダメって言われた」
そう言って、膨れっ面をする。
ならば、いつならばいいのだ。
サスケは構うか、と一言残して一歩を踏み出す。
そのサスケの腕を、ナルトが捕える。
「サスケが行って、どうするんだってばよ」
知るか、と思う。
行かなくてどうなるのだ。
涙が乾くまで二人アホ面してこの炎天下待ち惚けるのか。
サクラを一人にして。
サスケは盛大に鼻息を漏らし、苦し紛れに言い訳を考じる。


「溶けるだろうが」


はぁ?! と素っ頓狂な叫びを上げるナルトを背に、サスケはひまわりに踏み込んでいった。







伸び上がったひまわりを掻き分け、人が通った後を追う。
これだけ足跡を残してしまうようのだから、忍失格だろう。
こんなヤツに自分は、と思ってしまう。
復讐と心に決めたにも関わらず、こんな手前のところで挫けてしまう。
何より、少女一人にすらここまで翻弄させられる。
何だというのだ。
目の前に立ちはだかる揺れるひまわりを乱暴に押し退ける。
凶暴的に夏色をしたひまわりの畑の中で、ただ一つ。
淡い春色が立ち尽くしていた。
その俯いて柔らかな髪に隠れる皇かな頬が、彼女の幼さを醸し出している。
薄い背中が僅かに震えている。
“また”泣いているのだろうか。
一人でこっそり。隠れて。
居た堪れない。
幼少の頃は、響き渡るように泣き叫んでいた少女は、今は肩を小さく震わせ、涙を堪えている。
―――居た堪れない。
艶やかな春色を炎天下に曝し、まるで溶け出しそうなその様に。
ストロベリィアイスクリームのようだと。
掬い取って、そのくじけそうに不安定なとろける箇所を舌先で撫ぜることを考えたところで、 一陣の風が吹いて、ひまわりが大きく揺れた。
まるでサクラを慰めるように。
きっと溢れているだろう涙を拭うように、寄りそうように。
このひまわり畑は、まるで金髪のドタバタ忍者を髣髴とさせて、彼女に寄り添っているようで。
いつも。
いつもそうなのだ。
気落ちしたサクラを浮上させるナルトを―――自分は見ているだけだった。
今だって、見ているだけだ。
別段、彼女が浮上しようとしなかろうと、サスケにとってどうでもよかった。
しかし。
何より一刻でも早くこの満面の黄色から少女を連れ出したかった。
理由はない、とサスケは言い切る。
ただ己のモチベーションの問題なのだ。
そう言い聞かせる。
決して、心の臓を痺れさせる疼痛はサスケを揺るがすものではなく。
そう、言い聞かせる。
また、ゆるやかな風が吹く。
それに背を押されたのは気のせいだろう。
風が止んで、ひまわりの面は沈黙する。
それらを嘲って、サスケは右足を踏み込んだ。
春色の存在に深い影が落ちる。







「サクラ」






ブラウザバックプリーズ



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