朝だ。
山中イノは朝陽に向かって、グンといっぱいに両腕を伸ばした。
快晴だ。
昨日催された慰霊祭を振り返って、今日も平和でありますようにと与えられる任務の難易度が軽いことを少しだけ願って。
そうだ、と。
イノは仲間とのいつもの合流地点に向かおうとして、踵を返した。










「・・・あれ?」
予想と反して―――通常と違って―――T路地には、目的の淡色の彼女も闇色の彼もおらず。
「げー・・・イノ、何の用だよー」
「アンタに用があるんじゃないわよ」
金髪の彼―――うずまきナルトだけがT字路でそれはつまらなさそうに胡座を掻いていた。
T字路。
いつも第七班が集合して“担任”であった、はたけカカシを三人が待つ場所だ。
アカデミーを卒業して各班に配属されてからはしばらく、サスケに絡んではサクラにちょっかいを出していた。
ムキになってサスケを庇護するサクラと、面倒くさそうな表情を見せるサスケを見るのは何度見ても飽きなかった。
それをおもしろくなさそうに騒ぎ立てるナルトも含めて。
今日は合流の時間までもまだゆとりがあったのと、いい加減“泣き虫サクラ”から卒業できたか測ることも目的として、久々このT字路へ赴いたわけだが。
「サクラとサスケくんは?」
「まだー。昨日帰んの遅かったから寝坊してんのかも」
サクラはともかくサスケくんはありえないわよと口早にイノが言うと、サスケならともかくサクラちゃんは絶対に寝坊なんてありえねーってば! とナルトが食いついてきた。
そして、そうかとイノは目を瞬かせた。
「ナルト、お誕生日おめでと!」
昨日だったわよねと傾げるイノに、ナルトが弾かれたように振り返った。
「なんで知ってんの?!」
「毎年この時期にあるとサクラが言うもんだから、覚えちゃうのよ」
イノの応えに、ナルトは嬉しさが滲み出るような笑顔で、身体をくねらせて喜びを噛み締めている。
ナルトはアカデミーの頃から変わらずサクラに想いを寄せているのだろう。
言葉よりも態度でわかるくらいの彼だ。
ふいに春色の少女に見惚れている姿も、諸所見受けられた。
「アンタ・・・アカデミーの頃から好きだった子が一緒の班でいるのに、何やってんのよ」
「オレってばずーっとサクラちゃん好きだ好きだって言ってっけど、全然サクラちゃん相手にしてくんないし・・・」
がっくりと肩を落とすナルトに、イノはふんと顎を上げた。
「押し倒すくらいしなきゃ駄目よ」
「そんなことしたら返り討ちに遭うだけだって! 第一、嫌われるようなことはできねーもの!」
慌てるナルトの視線は忙しなく、抱く恋心は未だに純なものなのだと、少しだけサクラがうらやましくもなるのだが。
少しだけ意地悪なことも考えついてしまったりもする。
「なら、わたしとサスケくんがうまくいけば良いって、協力的になったりもしないの?」
「イノ! オマエ、サスケのこと好きだからって、サクラちゃんに意地悪なことばっかり・・・!」
「・・・もしもの話、よ」
万が一にも起こり得ない、もしもの話。
言って虚しくなったと、イノは顔をしかめた。
アカデミー入りたての頃、花咲く大樹の下で小さく蹲って泣いていた女の子。
幼い子どもたちの中で際立った容姿は、少し広めの額も、淡色の髪も、美しい瞳の色も“特異”の対象となり。
風を孕んだ絹糸のような淡色の髪、涙に濡らした翡翠の瞳に見惚れた幼少のあの日のことは未だに覚えている。
長い前髪で隠された、翡翠の瞳。陶器人形のような白い肌。
―――――美しいのだと。
自分の与えた赤のリボンで拘束し、自分の背中で“泣き虫サクラ”を庇護して、愛でる。
あの頃は小鳥を背中で飼っているような、そんな庇護欲がイノの心を独占した。
あの、アカデミーの裏で小さく縮こまって泣いていた女の子が。
(―――――あたしが、育てた花を)
いつの間にか現れた、黒髪の彼。
アカデミーで、女子が騒いでいるのは聞いていた。
その彼が、サクラを。
いつからか見開かれる翡翠の瞳は漆黒の少年ばかりを追うようになり、イノからサクラの心は離れていった。
だから。
剥離する想いを繋ぎとめるために、サクラと目的を統一化することで―――好敵手となることで―――表裏にありながらも一致することができた。
たとえ、サクラの想いがイノに向かなくとも。
うちはサスケという一人の少年が好きだという、その感情だけがサクラの矜持となるならと美しき庇護対象の欠落に、ひどく胸も痛めたけれど。
「あー、もう」
イノは地団駄踏みたくなって、それでも焦れる思いの矛先がどこへ向かうものなのか定まらず、握った拳を強く締めることしかできなかった。


―――――悔しいのは。


悔しいのは、サクラがイノの率直な意見やナルトの想いすら本気に受け取らず、サクラ自身が希有な存在であることを認識していないことなのだ。
一時期は爪や髪の毛先までの手入れを丹念に施していた彼女だったが、忍に生きると決断して以来は柔らかな髪も短く切り揃え、装束ですら機能性優先とした露出の高いものが多くなった。
飾らなくともその美しい容姿に惹かれる人間が少なくないことは分かっていたけれど。
あれだけ、今までずっとこれだけ言い続けても、“その真実”を信じようとしない。
ましてや、サスケが認識し、彼女に与える想いの“ソレ”すらも。
(あんなに)
先日偶然にも垣間見た、サスケの視線の矛先に心が痺れた。
漆黒に塗れた闇の少年の視線が、柔らかに彼女を見返すソレは言葉を超越して明らかだ。
(鈍感も度を越したら犯罪だわ)
握り締めた拳を振り上げ、ぶつける先を見つけることが出来ず、勢い良く振り落とすことしかできない。
そんな自分にすら腹立たしくてたまらない。



「あー! もうっ!!」



ダン、と道端で四股を踏んだイノの右足の重圧に背筋を震わせながら、ナルトは仲間の合流を心から祈るのだ。
「早く来てー」






ブラウザバックプリーズ






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